むしょくとうめいのらくがき

鉄道と酒と野球ではしゃぐ4歳魚と26歳児の気ままな放浪記とか落書き 

自主練で「でっかい野球盤」をやってたチームメイトが怒られた

 今年の野球BANも面白かったなあ。

 

 チーム帝京の不動の切り込み隊長・杉谷拳士がまさかの欠場で、今年はどうなってしまうのだ……と思ってみたが、杞憂であった。侍チームで初出場を果たしたホークス・栗原など、両軍役者が揃った。虎党としては、阪神・原口の活躍は嬉しいと同時に、やはり勝負強く冷静、優れたバットコントロールを持つ良い打者だなあと感心せずにはいられなかった。

 勝負としての見ごたえ、バラエティとしての面白さ、スポーツプレイヤーとしての技術的な凄さ……。どれをとってもあの「とんねるずのスポーツ王」は良く作られているな、と思う。野球BANだけでなく、バスケや卓球もとても熱い対決であった。

 

 ところであのリアル野球BAN対決、通常のチーム練習に活かしても効果的なんじゃなかろうか?

 あのゲームの特徴は、外野のフェンスを直撃するような大飛球を放っても「ダブルプレー」「ファインプレー」でアウトになったり、逆にボテボテのゴロの飛んだコースが良くヒットになったりすることだ。オリックス・杉本祐太郎が放った強烈なライナーが、外野フェンスの黒いゾーンに当たる。実際の試合なら長打になっていたであろう打球。初出場にして「洗礼」を受けていたな、と感じる。

 リアル野球BANでヒットを量産するために必要なのは何か。いつもオーバーフェンスを打てるわけではない。素人ながら思うのは、

・配球の読み

・バットコントロール

 これと塩。

 守備についているのはピッチングマシンとネット。つまり動かない。よって「このコースにさえ転がせばヒット」という戦略は立てやすく、あとは狙い通りの打球を打つバットコントロールが必要となる。それにしても石橋貴明の、おっつけて一塁線に綺麗に転がすヒット……あれは見習うべきバッティングだと思った。

 あとは狙っていない球を捨てられるか。やはり浅いカウントからカーブに手を出して強引な打撃になったり、真っすぐが「来てしまった」から驚いて打った、ような打球になるシーンはそれなりにあったと思う。侍の選手やチーム帝京の吉岡・原口は、どの球種も狙いすましたようにはじき返す。球種を待っていたのか、それとも反応しただけなのかはわからないが、それぞれの視点から高度な駆け引きをやっているはずだ。

 またマシンとはいえ、投げるコースはそこまで一定ではない。甘いコースを逃さない集中力も大事。栗原が放った右越えHRは確かスライダーだったが、やや真ん中に入ったところを逃さず仕留めたのは流石である。それにしても、野球BANのマシンですらボール球を投げるのだな*1……と思った。ならばバッティングセンターでデッドボールをぶつけるものがいても不思議ではあるまい。

 何の球種を待って、何処に転がすのか?―実際の野球の試合とは確かに異なるが、このゲーム内でのバッティングから学ぶことは多い。立派な「実戦打撃」で、練習にも大いに役立つのではなかろうか、と思うのだが……。

 一つエピソードがあるのだ。あれは中学時代である。

 

 その日は顧問もコーチもいなかった。あるいは全体練習後だったろうか。

 しかし選手はほぼ全員がグラウンドに出ている。部活あるある「半強制の自主練習」。全くと言っていいほどやる気は入らなかったが、同学年で仲のいいチームメイトと駄弁りながら適当にキャッチボールをして、部員の大勢が帰宅するのを待った。

 僕らは外野のファウルグラウンドで細々と、のんびりやっていた。ふと、レギュラーの上級生がいる内野の中央を振り返ってみると、各ポジションに対応する形でティー打撃用のネットが設けられている。

「先輩達、何の練習するんだろう?」

 同級生の一人に訊いてみると「さあ?」と返ってきた。だが、

「なんか”でっかい野球盤しようぜ”って言ってた気がする」

 なるほど野球盤か。

 守備には人間の代わりにネットを配置し、その間を破ればヒット、捕まればアウト……ってわけか。その時の僕は「楽しそう」と、リラックスした表情の上級生を遠目に見ながら思っていた。

 しかし今になって考えると、ネットが人間の代わりに球を拾ってくれるおかげでバッティングに専念できる。半強制とはいえ自主練で、参加していた人数は限られていた。打撃練習にはどうしても場所と人数が要る。守備のコストを下げ、少ない人数でも存分にボールを飛ばす、そのための野球盤。効率的な練習法を思いついたものだ。

 といってもマシンはなく、守備側の選手が打撃投手となってゲームは始まった。外野には2名ほどが就き、攻撃チームのこれまた数名と対戦。いざ始まってみると、痛烈なライナーが幾度となく、内野に置かれたネットに阻まれる。「くぁー!!!」と悔しがり、しかし白い歯を見せる上級生達。

(良い雰囲気だな……羨ましい)

 内心では野球盤に混ざりたかったが、しかし上級生が楽しそうな時は我々も気楽で良い。団結力が非常に強く、仲の良い代。時折ふざけることもあるが、チーム全体にもやりやすい空気を作ってくれていたと思う。

 果たして30~40分が経過しただろうか。相変わらず駄弁りながらキャッチボールを繰り返していると、相手の同級生が手を止める。

「おい、あれ見ろよ」

 言われるがまま、同級生の指さした方向を見ると……。

「バカヤロー!!!!」

 笑い声とともに野球盤ゲームが行われていたはずの内野中央では、怒鳴り声に手を止めて立ち尽くす先輩達。ホームベース付近を見ると、代表格の選手が大人に呼ばれている。刹那、

 ―パンッ!!!

 乾いた音とともに、

「何遊んでんだ!!!やる気あんのか!!!」

 再び怒鳴り声がする。選手の帽子がグラウンドに落ちる。たまたま練習を見にやってきた保護者のボス格が、部員が遊んでいるのだと思い、見せしめにそのうちの一人を殴ったのだ……ということは、瞬時に理解できた。

 さらに保護者のボスは止まらない。速やかにネットを撤収させると、代わりに長い竹を選手に与える。

「それで素振りせえ!!!」

 バットの倍、あるいは身長より長い竹は、何故か素振り用として全体練習にも使われる。野球盤で遊んでいた(とされた)選手は、保護者のボスにより長い竹の素振りを掛け声付きでやることを命じられた。覇気を失った上級生と、なおもぶつぶつと文句を言いながら、顧問に代わって監督をする保護者のボス。遠目に見ていた補欠の我々は、その光景に震えあがった。

「いつからいたんだよ保護者会……」

「やべえ、真面目にやろう……」

 

 結局その日はお通夜のような半全体練習を終えた。以来、全体練習の解散後や休日にも「でっかい野球盤」をやろうという話があがることは、一度もなかった。

 コーチでも監督でもない人間が、グラウンドに立ち入って練習の指導をしている光景を、その時は何も疑問に感じなかった。キャッチボールをしながら共に震えあがっていた同級生は数か月後に退部してしまい、僕はあらゆる方面に怯えながら残りの約2年を過ごすのだった。単なる「うざい」「怖い」ではなく、こういう事情を問題視できるようになるまでに、僕は何年もの時を要してしまった。

 だが「部活」が抱える闇を差し引いても、あの「でっかい野球盤」を一概に”おふざけ”とするのは、無理があるんじゃないか?野手のいないところに打つことも練習だし、どのみち守備は少ないのだし、楽しみながらレベルアップできるなら最高ではないのか……。

 

 正月の野球BANを見て笑い転げるたびに、この記憶が脳裏を掠める。視聴者を楽しませる彼らはしかし実に本気で悔しがったり喜んだりしていて、もはや単なるバラエティの域を超えた何かを感じさせる。

 どのみちあの頃は、怒られた上級生に混ざることもかなわなかったのだ。ぜひともリベンジしたいなあ……と、TVを見ながら酔っぱらって思うのだった。

 

 

 

*1:村上の打席で、高めのストレートに思わず空振りしたものがあったと思う。