むしょくとうめいのらくがき

電車乗ってお酒飲んではしゃぐ3歳魚と25歳児 水曜日夜に更新 

√49で絶望する大人の図

この前久しぶりに筆記試験を受けた。

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試験に向かいます -2022.1月某日 さつき野駅にて

 

 携帯電話の電源は切る。シャープペンと消しゴムだけを置く。配布された用紙に名前を書く。

 机上に筆記用具と受験票と、試験監督や作成者の指示があったもの以外は置くことはできない。筆箱も仕舞うのだと言われ、最初はここまで徹底するかと面食らったものだ。

 

 退職してすぐに職業訓練校に申し込んだ。その選考試験である。

 テストと名が付くイベントで、季節は1月。冬真っ只中、白い路面を慎重に歩く中で、僕の脳裏と腹をある不安が過る。

(お腹痛くなりませんように……)

 冬場は特に頻繁に壊れる僕の胃腸。彼は、試験という二文字の重圧にどれだけ耐えてくれるのだろう。

 ……全く期待ができない。特に、中3と高校の時に受けた模試ではその毎回で壊れた実績がある*1。無言で挙手をすると試験官がやってきてくれるのだが、高校ではそのうち目線を合わせただけで許可されたこともあった。

 

 なんと情けない実績だろう。丈夫になるどころか年々弱くなっている気がする。しかし肝心の受験本番では不思議と壊れていない。

 むしろある種のスキルである。HPもAPもないが、一風変わったスキルを駆使する者。僕もでんこになれるかもしれない。

≪タイプ:トリックスター スキル「ペインエクステンション」*2lv.50≫

 である。

 レベルアップのたびに腹痛の時間が長くなり、トイレの検知数がアップ(?)する。うむ!どう考えてもこんなでんこはいらない。

 

 この日の前日も前々日も、年が明けてから腹の悲鳴は止まらなかった。夏場に大渋滞で機能停止したかと思ったら、今度は暴走している。なんと都合の悪いことかと、自分の臓器に対して失望してしまう。

 それでも試験当日の腹は大変おとなしかった。

 朝にR-1と胃腸薬を飲み、ホッカイロを貼る。冬に何らかの試験があるとき、必ずやってきた。

 対策は万全であった。しかしより大きな勝因は【プレッシャーの少なさ】であろう。

 

 試験は10時半集合、45分開始となっていた。制限時間は30分。

 つまり昼前には解散するのだ。もうこの段階で僕の脳内は「どこか寄って帰ろうかな」「帰ったら何しようかな♪」などと、お花畑と化していた。これがあの【午前放課】!全てに勝ったような気持ちである。

 ちなみに試験内容の告知には、

≪中学卒業程度の国語と数学≫

 とある。

 もう勝った。投打が嚙み合ってのコールド勝ちである。無事に起き、トラブルもなく会場に辿り着き、腹は平常運転。もうこれだけで今日のミッションは終わったようなものだ。

 あとは適当に空欄を埋めて、折角だからまた新幹線でも見て帰ろう―完全に浮かれながら、僕は前から回ってきた問題用紙を受け取った。A4が二つ折りになった、とても軽い問題用紙。「それでは始めてください」という冷静なスタッフの指示と同時に、僕は中身を開いた。

 

 1分後、僕は自分が如何に愚かであるかを気付かされた。

 

「……わっかんね」

 

 試験内容は全然分からなかったのだ。

 何これ?である。珍百景年間大賞である。朝井リョウさんが他学部の試験で味わったようなあの絶望が、まんま同じ文面で浮かび上がってきた。

試験内容はどこからどう見ても分からなかったのだ。「何これー!」である。ナニコレ珍百景である。(中略)せっかくならもっと劇的な場面で初絶句をしてみたかったものだが、いかんせん「期末試験の内容がわからなさすぎて絶句」であるためなんとも情けない。

-朝井リョウ『学生時代にやらなくてもいい20のこと』(文藝春秋/2012年6月) 【勃興】「他学科の授業で絶望する」より

 当時の朝井さんと似たような顔をしていたかもしれない、とこの時思った。しかし解いている問題は商学部の専門分野ではなく、何なら中学の内容だと言うではないか。僕は更に絶句することになった。

 

 全く意味が分からない、√49やー(ー12-6)×12の文字列を前に、しかし僕は懸命に立ち向かった。分母の違う足し算のやり方をギリギリで思い出し、正方形内にある網掛け部分の面積について分かるところから計算し、9つのマスのうち空欄部分に入れる値は勘で書いた。

 30分間の死闘の末、空欄は全て埋めた。会場を後にした僕には、もう「帰って寝る」以外に道を選ぶことはできなかった。

 

 それにしても中学生諸君、疑問には思わないのだろうか。……何故、正方形の中に円があり、さらにその中央が空洞になっているのだ?と。前提からしておかしい問題を、当時の我々は健気に解いていたのだろうか。

 だが全然分からなかった以上、きっとそうではなかったのだろう。実は国語ですら全然分からなかった。数学に至っては問題の意味すら理解できないという有様だった。当時、同じような問題が記してあったテキストを、空欄で放置したか落書きで埋めていたか……。

 

 解散後、寄り道をせず真っすぐ新津行の電車に乗り込んだ僕は、鞄からイヤホンを取り出した。

 滅多に電車内では音楽を聴かないが、この帰路はどうしてもトリプルファイヤーの「中1からやり直したい」を再生せずにはいられなかったのだ。だが、当時のクラス・学校行事・部活動などの(惨憺たる)思い出を差し引いてもやはり無理である。あの内容をもう一度学べと言われたら、億の金を積まれたとしても断る。

 もう、国語も数学も御免だ。 しかし、嫌がっても勉強から逃れることはできない。働くために必要なスキルを、これからは訓練で身につけていかねばならないのだから。

 

 果たして一週間後に合格通知を受け取った僕は、落書きなどをせず真面目に学ぼう、と誓うのだった*3

 

 

 

 

 

 

*1:中3の時は合同模試の最中に一時離席して、しばらく戻ってこなかった僕を心配して関係者が追ってきたこともあった。※勿論人権の範囲内で

*2:駅メモ!」のキャラクター「三条なつめ」より拝借。彼女のスキル【パワーエクステンション】は、レベルが上がるほどレーダー検知数がアップする超優れものだ。全国のなつめファンの皆様申し訳ない、どうかお許しいただきたい。

*3:なんでも、試験の成績だけで合否を決めるものではなかったようだ。それならそうと、試験自体は結局何点だったのかが気になるところである。