むしょくとうめいのらくがき

鉄道と酒と野球ではしゃぐ4歳魚と26歳児の気ままな放浪記とか落書き 

プレゼンで変身をするな、本当の戦いはそこじゃない。

 職業訓練校を修了した。

 

 

 

1.PowerPointに縁がない?

 

一人だけ終われない?

 最後の通所を終えて帰宅し、スーツと緊張から解放された僕を悪夢が襲う。

 

「シラユキくぅん?」

 聞き覚えのある声。振り向くと、すっかり見慣れた無機質な教室と、バシッとスーツを決めた先生がこちらを見ている。……なんかめっちゃ目が、白い。

 恐る恐る「先生、どうしました?」と、こちらはあえてあたたかい笑顔で対応した。スマイル、スマイル!ってなもんである。訓練期間中、僕はこれでもかとウルトラマントリガーに変身を試み、ねえシラユキ?どうしちゃったの??シラユキ!?なんて呆れられる羽目になった。だがこれには「キーは改造なんかされてない!そもそも、キーもガッツスパークレンスもない!」と、誰かに諭していただきたかったところである。

 

 さて、前提はこうだ。訓練内容にはパワーポイントの講座があって、ソフトをちゃんと使えるかどうか?それを人前で時間以内に発表できるか?をスキルとして身につける内容になっている。訓練には各カリキュラムごとに確認用の小テストがあって*1、今回はパワーポイントの機能を正しく活用してスライドを完成させることを課されている。

 とはいえ、内容は簡単だった。タイトルをゴシック体の32ポイントにしなさいとか、名を中央ぞろえで入れなさいとか、デザインテーマはこれにせよとか。……後述するが、パワーポイントのソフト自体はよく触れてきた。あとは問題文の指示通りに、スライドを作り、指定のファイル名で保存するだけである。

「終わりました」

 はーい、という返事の後、ポツリと呟く声が聞こえた。

「早いな?」

 そうかな。時計は10分ほど進んでいる。どう受け止めるのが正しいかはわからなかったが、問題文を返却し、PCを片付けた僕は、ドヤ顔のまま足早に帰宅した。

 

 ……で、一番上に戻る、ってわけである。

「試験、全然ちがうよぉ?」

 えぇーッ!?!?嘘ぉおおおお!!?NO!ノー!ホワーーーーイ!?!?!?

 返却されてきた問題用紙を見て、僕は絶句した。その割には脳内のGUTS-SELECTメンバーが奇声を上げている。改めて問題用紙を見て、今度は数字が告げる非情な現実を前に膝から崩れ落ちた。

 これ……0点じゃんっ……一問も合ってないじゃん……。

 確かに僕の解答したファイルは、見れば見るほど指示と違っていた。だってさぁ?タイトル違うしぃ、テーマも違うしぃ、まずファイル名も保存場所も……。そりゃあ、採点対象にすらならないわけである。

「シラユキくぅん?違うよぉ?」

 大事なことなので二回言いました、のノリで、僕は不合格を告げられた。だが本当の悪夢はここからである。

 もう一回やってね☆という悪魔の指令が下され、まったく同じ問題文を見ながら無言でスライドを作っていく。ところが、僕の横で何やら同期がスーツ姿で歓談している。

「今日は修了式だね!今までありがとう!」

「新しい職場でも元気でね!」

 僕は絶句した。そうするしかなかった。なんと、追試はよりにもよって修了式の当日で、しかも僕以外の同期が全員喜びと寂しさに暮れている横で受けさせられたのである。講師の先生までが感極まっている中で、一人だけPCとA4の紙を交互ににらめっこして、カタカタカタ、カチッ、グリグリ、とやっている。こんな屈辱はない。

 またしても作業自体はすぐに終わった。いちおう見直しに五分以上使ったから、もう大丈夫だろう。だが問題はまだある。

(……あの、先生……。お、おわりました……)

 必死で目で訴える。視線の先には、やっぱり感極まってもう顔がくしゃくしゃになっている先生がいる。おかげでいっこうにこちらに気付かないし、そもそも手を挙げたり呼んだりしようにも、そんな勇気はない。誰が「先生今までありがとうございました」「こちらこそ!どうかお元気で!」って言ってる中で、一人だけ手を挙げて、

(テスト終わりました~!)

 なんて言えるというのか。こんな屈辱はない。 仕方ないから今一度答案を確認するか、と目を見開いたところで、僕は自室の布団に帰還した。不安になってカバンからクリアファイルを取り出すと、確かに自分の本名が書かれた修了証書がそこにはあった。

 

パワーポイントふざける病

 しかし僕とPowerPointはどうにも相性がよくない。使いこなせないとか発表できないという話ではなく、むしろ使いすぎてしまうのだ。あくまでもあれは仕事場等でプレゼンテーションをするためのソフトに他ならないわけで、遊び道具では決してないのである。

 

 高校や大学の授業でもPowerPointでスライドを作る授業はあった。そこでも徹底してふざけた記憶がある。オンライン画像を挿入し、推しキャラクターに喋らせるのがあれは鉄板だ。僕だけじゃなく同級生もクオリティを存分に発揮して、先生には呆れられたものだ。楽しかったなあ、またやりたいなあ―そう思っていた、大学2年生の夏のある日。

「シラユキさあ、オープンキャンパスのスタッフに応募してくれたじゃん?」

 確かにした。同級生にして、委員会などで既に重役に就いていた友人のもとにも、情報が行っている。僕を良く知る友人のことだから、たぶん不採用通知だろう。お前みたいな不真面目なやつが応募されると困る!……ってな回答を予想していたのだが。

「プレゼンする係が足りなくってさ……申し訳ないけど、お前やってくれない?」

「僕でよければ」

 即答した。委員会でもなければ居眠りゲーム放棄落単の常連と化していた僕が、学生代表としてオープンキャンパスで高校生相手にキャンパスライフの夢を語れと言われている。こんな名誉なことはない。しかも。

「大学生活について話すってあるけど、絶対入れるやつって何?」

「いやもう何でもいい。お前に任せる」

 ウホホーイ!

 お前に任せる……お前に任せる……お前に任せる……ぐふふ……

 ……そうか、任されてしまったか。任されてしまっては仕方ない!

 これで困っている友人の助けになるというのだから、こんなに御安いことはない。ちなみにスタッフには昼食と制服が支給され、おまけに日当も貰えるらしい。しかも発表をすると報酬がプラスになる。いいのかこんなんで、と思いながらも、もう僕の脳内は、

≪いかに高校生相手にふざけるか≫

 これしかなくなっていた。

 

 さて発表の日を迎える。他の人のスライドは大抵が「こんな授業を受けています」「時間割はこんなんです」「受験勉強は○○をしました」といったところで、視覚としてはいたって無難に、話し方としてもスライドに書いてある通り、である。

 僕の順番が巡ってきた。「みなさん改めましてこんにちは!それでは発表をさせていただきます」ここまではテンプレートである。1枚目の学科・学年・本名・出身地が隅にあるだけのスライド。さて、ゲームはここからだ。何食わぬ顔でカチッ、と一回クリック。すると、装飾されたメインタイトルの文字が、効果”スプリット”で、1秒かけて浮かび上がった。

≪ひと目で尋常じゃない魔境だと見抜いたよ≫*2

 読み上げた瞬間「うふふ」と声がした。それが苦笑いだったと、当時の僕は気付かなかったようである。教室後方で監視する他のスタッフが白い眼をしているのも、まったく見えなかった。

「えー、みなさん今日この街と大学に関して、どんな印象を抱きましたか?私はこうです。”なんも無え””電車も無え””夏は暑いし夜寒い””魔境””牢獄”。オラこんな町いやだ~♪ってなもんです。ハイ!」

 実際にはこんな魅力もあります!といって、都心にも観光地にもアクセスが良いことと豊かな自然などをアピールした。……が、各スライドではキャラクターに喋らせ、隙あらば小タイトルには『氷菓』『のんのんびより』など好きなアニメの名言を引用した。

「このような田舎町での大学生活、まさしくこうです。わたし、気になります!”*3

「まあ、”ウチが住んでるのに都会なわけないじゃん?”*4ってところですね」*5

 うふふふふ、と声がする。いいぞいいぞ、温まってきたではないか!僕はますます調子に乗り、調子に乗ったまま全17枚のスライドを流し、発表を演じきった。充実感に満ちたのと同時にびっくりするくらいお腹が空いていて、お弁当が美味しかったのを覚えている。

 

一回では懲りない

 そして一年が経過した。夏の或る日、またしても友人に、

オープンキャンパス、人が足りないからスライド発表してくれ。任せた」

「任せろ」

 またしても即答した。そして一年前よりもさらにグレードアップさせ、遊び切ると決意した。頭がおかしかったといえる。

 そして発表の日を迎えた。同じように『ご注文はうさぎですか?』『ゆるキャン△』の格言やサブタイを多用し、徹底的な装飾をスライドに施した。だが、真の問題があったのだ。

「えー、勉強の仕方も私分からなくてね、数学とか0点取ったこともあるんですけどね?でもこの大学では入試の種類も豊富だったんで、得意科目を活かそう!って……ん?」

(……巻いて)

「はい」

 イベントの企画長的な人が、ぐるぐる、と手を動かして訴えてくる。ようやくそこで我に返った。なんだ、まだ地元のソウルフードであるうどん屋のPRをしていないというのに!と思ったが、これはあくまでもキャンパスライフの紹介と、悩める受験生へ向けての不安解消&応援に過ぎないのだった。いちおう見てくれてはいるが、期待していたほど高校生の緊張は解けていない。

 ミスった。ようやく理解した。もっと爆笑の渦になることを期待していたというのに、あまりの「ご清聴」ぶりに感謝をしてプレゼンを終えることとなった。すると直後である。

「え~執行委員です。すみません時間が押してしまって。次の体験授業が●時●分からで、あと5分くらいなんですよね。受けられる方、急いで向かってください」

 デデーン!!!!

 シラユキ、アウト―!!!である。僕は絶句した。いちおう立っているのに、足から力が抜けていくのが分かる。まるで本当に鞭で尻をしばかれるような感覚を味わった僕は、いそいそと降壇した。お弁当は去年と変わらず美味しかった。

 企画側もさすがに懲りたのか、そのまた翌年(=4年生の夏)にプレゼンの依頼がくることはなかった*6

 

 しかし人間とはどこかでふざけるタイミングをうかがっている。もっと言葉を選んで言うなら、それは個性を発揮することだろうか。なかなか社会人になればそういう機会はないので、逃さなかったことは良かったといえる。

 そして機会をうかがっていたら今回、訓練校でもPowerPoint実習があった。やってやるぞ!と思った僕は、

「鍵盤で書ける*7、希望の光!ウルトラマントリガー!!」

 との口上で、意気揚々と、しかし丁度3分で発表を演じ切るのだった。

 

 

2.職業訓練を受けた感想 ~命に勇気を灯してもらった3カ月~

 

 PowerPointの授業が終われば、訓練修了だ。

 3カ月という短い期間は、その中身の充実により、さらにあっという間に過ぎていった。授業で「いまひとつ怪しい」と感じていた部分を復習できたこともよかったが、それ以上に訓練生同士のコミュニケーションや、授業・面談・日々の雑談などあらゆることを通して自己分析ができたことがよかった。

自分を知るには「問3の答えどうやった?」と話すこと

 退職や転職をしようにも、一度「何ならできそうか」「何なら興味がもてるのか」という、自分のことを考え知る時間が欲しかった、というのは狙いの一つにあった。そういう点では、講師の先生との定期的な就職相談はもちろん、訓練生も豊富な経験を積んできた人たちで、そういう人たちに相談したり、背中を押されたりした。

 自分の個性を発揮したり、それを誰かに褒められ、頼り頼られ、認められたりする経験は、年齢を重ねるごとに少なくなる。自分を知るうえでは、髪を切ったの?とか、もらったお菓子とか、あの問題どうやった?とか、グループラインってどうやって入ればいいの?とか、先週始まった映画見た?とか、そういう話をすることが良かったのかな、と思った。……ちょっと違うかな。1分間スピーチだってあれほど嫌だ嫌だと言っていたくせに、何だかんだ喜んで発表した。

朝起きて夕方帰ると、心が穏やかになる

 生活リズムが一定だったことも良い。毎朝起きて駅まで歩いて、心身とも穏やかになった。一方ではやはり僕は朝が苦手で、土休日の混雑を嫌だとも思った。そういうところから職を判断するのもありだと思う。ただ、朝の時間は仮に何もしなくても、なんか美しい風景もあることを知った。

3カ月で出会った「トリガー」に感謝

 刺激をたくさんもらった。考える時間を持つことの大事さ。言葉にして書き出すこと。目標や目的意識を持つこと。あと……お酒の美味しい飲み方とか種類。

 勇気ももらった。年齢も経験も、ハンデも言い訳にせず、意思をもって成長すること。叶えたいことを口に出すこと。試験の結果を喜ぶこと。面接に行くとき送り出してもらったこと。

 

 ここ数年、”地獄”からは脱しても迷走が続いていたが、ようやく方向性がはっきりしたところがある。何も決まってこそいないが、どこか「どうでもいいや」と諦めていた命に勇気と希望を灯してもらったような、そんな感覚だ。

 職業訓練を受けた経験は、これからの僕にとって「未来を築く希望の光」となるだろう。3カ月でもらったいっぱいのスマイル、スマイル!に、心から感謝申し上げたい。出会った方々への心からの感謝を胸に、これからもウルトラマントリガーに変身する機会を伺い続けていく決意である。

 なんせまだ、戦いはこれからなのだ。

 

 

*1:つまり「修了試験」である。一定以上の点数がないと当然落第、追試となる。

*2:TVアニメ『ご注文はうさぎですか?』の「第一羽」サブタイトルを捩った。

*3:氷菓千反田える

*4:のんのんびより』越谷夏海

*5:実際、TSUTAYAや映画館がない、マクドナルドやすき家等のファストフード店やファミレス、カフェ、ラーメンチェーンなどが少ない、電車の本数がない等、根拠は挙がる。

*6:プレゼンがないだけで、相談員としては採用された。

*7:条件は「毎朝10分間行っていたタイピング練習の成果を発表すること」だった。