むしょくとうめいのらくがき

電車乗ってお酒飲んではしゃぐ3歳魚と25歳児 水曜日夜に更新 

新潟に「何でもある」は大きな嘘(前編:何もない編)

 先日Twitterをいつものように眺めていると、気になる文字列を見たので言及。

 曰く「新潟に何もないと思っている人は、何があれば満足なのだろうか」

 

 

 

0.良いも悪いもその町のうち(訳:現実から目を背けるな)

 

住んでいるまちの「良い・悪い」を議論する

 パッと見てまず思い出したのは、大学時代=山梨でもこういう議論があったなあ、という話。

 県庁所在ではない、山間の自然豊かで小さな町だ。にもかかわらず、大学があって都心にも観光地にも近い、という特色もあって、全国各地からの転入者が多かった。学生街らしい活気もある一方で、やはり地方ならではの問題点―例えば公共交通の未発達・衰退やチェーン店の少なさ、地方特有の狭いコミュニティ、といったことを抱えているのも否めなかった。

 当時はあの町の「(全体的な)良し悪し」が問題であった。学生や地元?住民を交えた論争がSNS上で交わされ、ちょっとした騒動になりかけた。僕個人としては、そこでの生活や人間関係が気に入っていたこともあって、どちらかといえば「良い」派だった。当時のタイムライン上でも、転入してきた者の多くが「良い」派を支持していたと記憶する。

「不便なのが良い」と言って現実逃避をするな

 一方、「悪い」派の唱える問題点=現実から、「良い」派が必死で目を背けていたのではないか、という印象を受けたのも事実だ。現に生活するうえで発生している大きな問題点を「それが良さです」などと片付けて見向きもしないでいると、遅かれ早かれ衰退はしていくだろう。

 その点、先日見た「新潟には何もないか」問題に関しては、「何でもある派」の発言主も「問題点もある」という事実を軽視せず受け止めている、という印象を受ける。県全体で見ていることもあるだろうが、人口流出が止まらない事実は、その地に魅力を感じている「肯定派」層なればこそ、重く受け止めていることだろう。

 

 さて。今回に関していえば、「”新潟には何もない”と考えている層が、何があれば満足するのか?」という問いである。別に指名をされたわけでもなければ、そもそも回答を望まれてもいないと思うので、まあ独り言と捉えていただければ幸いである。

 

 

1.新潟に(特に)ない5つのこと

 

 ところでいち新潟県民である僕の立場は、ほぼ中間だがぎりぎり「何でもある」派である。

 

 ……いや。何でもある、と言ったら大きな嘘である。そのため「何もない」派の考えもよくわかる。むしろ僕にとっての反対意見=「何もない」派の方が現実的な見方をしている、と言わざるを得ない。大変申し訳ないが、「新潟には何でもある」というのは全くの嘘である。

 

1)情報発信力

 新潟の魅力は何といってもお米!そしてお酒!嗚呼、きょうもいい気分……。

 ……ところでこれら、どこで買えて、どうやって味わえるんでしょうね。

お米、どこでどうやって味わう?

 これじゃあ、かえって反対派意見の助長にしかならない。確かに新潟は全国有数の米どころ酒どころだ。しかし、これを活かした観光客向けの商品・サービスであったり、生活にもたらす恩恵を主張しないと意味はないんじゃないか?

 例えば、珍しい石像だけが1体ぽつん、とあったとして、それは訪れるのも住むのにもメリットが「何もない」と言わざるを得ない。「お米を沢山作ってます」「お酒が美味しいです」とだけ主張されても、それらが味わえるお店や知られる機会を増やさないと、産業としてはうまくいかないんじゃないだろうか。産業の衰退、経済のおくれで、人は来ないし出ていってしまう。

日本海や雪があると、何ができる?

 雪や海など、豊かな自然に関してもそうである。

 新潟は日本海に面している。また全国有数の豪雪地帯でもあるから、夏は海水浴客、冬はスキー客でにぎわう。……もうこれが回答ではないか。「雪が降ります」「海が見えます」などと言われても困惑するが、「スキー場があります」「海水浴ができます」なら、随分魅力的に聞こえはしないだろうか。もちろん、大自然の中で何もしない、というのもおすすめで、何もしなくても楽しい公園とかが結構あったりする。いずれにせよ、そのような場所や楽しみ方を、より具体的に主張する必要がある。

 新潟の食べ物はおいしいし、自然は豊かである。だからと言って、単に「海」「山」「雪」「お米・お酒」とだけ言っても何にもならない。それらを主張するのなら、各要素が何かしらの恩恵をもたらすこと、それを他者へ情報として発信する力は欠かせない。ただし、そういった取り組みをする施設等は増えてきているし、少しずつメディアへの発信もみられるようになってきているのは良い傾向だと思う。

 

2)冬場の生活の安全性・利便性

 先ほど雪の話を少しだけした。日本有数の積雪量は、スキー場のにぎわいという恩恵をもたらすこともある。……が、日常生活において、豪雪は「災害」である。

豪雪は災害

 鉄オタとしては、雪景色を走る電車を見ると心洗われる。子供なので雪だるまやかまくらだって作る。雪が降ると心躍るところはあるものだ。

 しかし同時に「電車運休にならないかなあ」「車出せるかなあ」と心配するだろう。やっぱり大変申し訳ないが、越後平野が雪化粧しました、といっても生活に恩恵はそんなになく、むしろ除雪作業で一日潰れ、経済活動もできない、というように打撃の方が大きいと思われる。

 昨2021年冬は特に、県内各地で記録的な大雪となり、公共交通の計画運休など日常生活に大いに支障をもたらした。車でも徒歩でも、外出がまず至難の業であった。今年2022年は昨年ほどではなかったものの、やはり雪道の移動には危険を伴うものだ。

 普段は「何でもある」ような地域でさえ、積雪によって一気に「何もなくなる」ということはあり得る話。足腰に不安や不自由があればなおさらだろう。冬場に問答無用の行動制限をもたらされるのは、むしろ年を重ねるほど困る事案ではなかろうか。

 

3)行動可能範囲、及び徒歩圏内のお店など

 冬場以外でも、とにかく電車やバスの本数もなく、お店も遠い。行動できる範囲がまず限られている気がする。

「車があれば」とかいう、ハードルが高すぎる大前提

 ツイートのリプ欄を見てわりと衝撃だったのが、「車があれば東京と同等の生活ができる」である。飲んでいた水を吹き出してしまったが、わりと美味しかったので返していただきたい。

 さも当たり前のように「車で●分だから便利」などと言い、それぞれの世帯に1台車があるのだから驚いてしまう。かくいう僕も所有はしているが、本体にかかる金額だけでなく、ガソリン代も含め維持費*1もあり、決して安くはない。

 最近はカーシェアなどのサービスも充実してきたが、いずれにせよそのような出費*2をしてでも車に乗らないと、生活には大きな支障をきたす。後述するが新潟に限らず、公共交通が少なく、お店の数も多いとは言えない地方では、車は必要不可欠なアイテムなのだ。

 これが東京だとどうか。無数に張り巡らされた線路の上に、電車が5分おきにやってくる。お店はいっぱいあって歩いても行ける。少なくとも地方のように、公共交通がないからとか、お店がないから、といった事情による「必須」のアイテムではなくなっている。車を持たないことで確保できる資金は、たくさんあると思う。

 したがって、「車があれば東京と同等の生活ができる」というのは、かなり無理がある理論だといえる。街の状況を考えても違うし、車を所有(もしくはシェア?)することによる経済的な打撃は、決して少なくない。地方では車に乗ることで生まれる出費と、車でなければ移動できないような街の不便さを同時に、前提として強いられているのだ。

電車の本数と代替ルートが無く、一本遅れたら詰む

 地方における公共交通の未発達、という問題点は、何もその本数だけのことを言っているのではない。

 新潟の場合、鉄道でいえば多くてもだいたい20~30分に1本の間隔でダイヤが組まれている(信越線新津―新潟間の朝帯だともう少し増えるか)。ところが、例えば○○駅で運転を見合わせました、といったとき、乗客は即座に別ルートを選択できるだろうか。

 例えば信越線が例えば東三条で抑止を喰らい、新津へ辿り着くことができない、といったときにどうなるか。弥彦線へ乗り換えて、越後線上越新幹線で迂回するだろうか。……弥彦線の接続では無理だろう。だが、かといって他にバスなどの手段があるかといえば、ない。仕方ないので運転再開まで待つ、というのが一番現実的な回答に思う。

 東京都心なら、例えば山手線が一部区間で止まっても、地下鉄や私鉄各社などに乗り換えを推奨する案内がされるだろう。路線が網目のように張られ、近距離で再び繋がるようになっている。新宿から東京への移動でも、わかりやすいのはJRの中央線だけど、遠回りして山手線や、あえて地下鉄を乗り継いでみるのも良い。

 もれなく止まってしまう場合はどうしようもないが、代替ルートとなる可能性のある路線・手段はやはり多くあって欲しいもの。線路が無く、バスの本数もない、となると、どこか一区間で運転を見合わせるだけでも絶望的な宣告となってしまうだろう。

 また、東京都心の過密ダイヤが寝坊にも優しいということも付しておく。いつもより3分くらい家を出るのが遅くなってしまっても、どうせ5分に1本は電車がやってくるのだから、そもそも遅刻せずに済むかもしれない。これが新潟だとどうか。家ではたかが3分の遅れだが、最終的に1時間以上の遅刻になる可能性もある。……余裕を持って行動しろ!という前に、余裕の持てる場所に引っ越す選択肢を与えてほしいところだ。

最寄りのコンビニまで車で5分

 公共交通がない、ときたので店もないのではないか、と思った方はご明察。

 まず場所次第では最寄りのコンビニも微妙に遠い。何度でも言うが「車で5分」は徒歩の30分であるから、これを近いと感じるかは慎重な判断を要する。といっても、コンビニすらない!という地域にはそもそもアパートやマンションも少ないだろう。

 スーパーやドラッグストアに関しても、場所次第では極端にない。駅の西側に集中していて東側には少ない……というのが新津の例だ。

 使い勝手についても注意。これは飲食店にもいえることだけど、そこそこ規模が大きくてポイントサービスが充実しているとか、広い層に使いやすいお店でないと買い物はしづらい。そもそも入り口が分からなくてやってるのかわからないとか、御近所様以外は受け付けない……みたいになってくると、まあ使いづらいことは確かである。

 

4)価値観のアップデート

 同じく地方特有の問題点である、閉鎖的なコミュニティだとか、考え方・価値観についても気になるところはある。

「家」の概念がもはや大正~昭和前期

 中でも取り上げたいのが「家」についての考え方だ。

 まず、なんで令和のこの時代に「○○家の人間」とかいうことを気にしているのか、意味が分からないとしか言えない。驚くのは、一昨年あたりは特に、母がこの言葉を発したことである。

「本家行ってくる」

「本家のおじさんが野菜くれた」

 うちは分家?将軍家の御家人とか従者なんか?

 もはや平成・昭和を通り越して、武士の時代まで遡りそうなところである。本筋が断絶したから、分家の誰かさんを代理に立てましょう!みたいなそんな話ではないのだから、早くいらない付き合いをやめてほしい。母とて「めんどくさい」「疲れる」みたいに言っているのだから、一ミリもメリットがないものは断捨離するべきである。

 祖母が亡くなったときも、遠方に住んでいて法事等に積極的でなかった伯父に向かって、母はあれこれと愚痴を吐いていた。ところがその波が、本来無関係な伯父の奥さんにまで及んでいたのだから、文字通りの筋違いである。何でも「本来○○家の人間であるあっちが責任を持つべきで……」などと主張していたようだ。やっぱり実はここだけ江戸時代で、僕もそのうち武士にさせられるのかもしれない、と、背筋が凍り付いた瞬間であった。

親戚は親密にあらず

 よく言う「親戚のおじさんおばさん」なんてのもちょっとよくわからない。

 親しい、という割には、正月の年賀状と葬儀・法事の御案内くらいしかやりとりがない気がする。土産や金封の類を持たないと会えない間柄なら、少なくとも”親しい”なんて名乗るのはやめたほうがいいと思う。それよりも、年中行事でもなんでもない日に遊びに行ったり、互いの成長や充実に繋がる計画を打ち立てたりしたほうが、よほど親密な関係になると思う。

 もちろん大家族や血縁などを否定はしないし、それを大事にすることで生まれる良さもあるだろう。ただ、「どこの家の誰それ」「どこの土地の何某」みたいなものに縛られず、その人自身が輝ける最良の選択肢・人間関係を選ぶことを良しとされるべきだ。

 

5)人口

 まあ残念なことに、選ぼうにも人間がどんどん出ていってしまうので仕方がない。混雑の解消、というメリットも確かにあるので、ここは好きな方を取ろう。……もっとも新潟が「混雑しない」とは一言も言っていないので注意されたい。

 

 東京のように人口が多くて良い点は何か。交流である。

 異文化交流もよし、オフ会もよし、なんかチームやバンド*3を組んでスポーツや音楽*4をやるもよし。そんなにガチでやりたくないけど……って人でも、そもそも相手がいなくちゃ、息抜きにキャッチボールすらできないじゃないか!

 というわけで、自チームに行けない間、助っ人でも行きたいなあと思って掲示板を探してみた。無かった。ためしに場所を東京に変えて検索してみた。多かった。毎週のように試合をやって、youtubeを発信しているチームやプレイヤーもいるのを見ると、いいなあ……って思う。

余談:転出の動機は気軽であるべき(そもそもどうでもいい)

 我ながらもっともな理由だと思うので、他県への引っ越しを希望したのはなぜか?という質問に「趣味での繋がりを増やして充実した生活を図るため(意:キャッチボールする相手が欲しいから)」と回答した。不採用だった。訳が分からない*5

 余談になるけど、他県・他地域に出ることに「動機」「理由」を訊かれる経験はそれなりにあったが、はっきり言って誰がどう聞いてもどうでもいい。そんな情報を何故面接で聞きたがるのか。「何故他県に出ようと思うのですか」より「引っ越し代出ませんが大丈夫ですか」「内定出したら来てくれますか」みたいに、現実的に可能なのかを直接訊いた方が良い。

 また、転出の理由が遊びとか趣味でも、僕は合理的だと思う。ストレスを解消しやすく、心身ともに健康的であることが、仕事へも良い効果を生み出すことに繋がる。決して悪いことじゃないはずだ。関係者様各位、是非ご一考ください。

 

 

2.まとめ 

 

 他にも指摘したい問題点は山ほどあるのだが、長いのでこのへんでやめよう。

 

 新潟にない(足りない・欠けている・少ない)ものをまとめると、

「魅力や取り組み、新しい事業を外部に発信する機会や意志が少ない」

「冬は雪が酷く、快適で安全な生活ができない」

「車の所有にかかる出費が大前提、お店も少なく生活水準は高いとは言えない」

「家や親戚付き合いに関する価値観が、地域によってはアップデートされていない」

「人口が少ないので、趣味や新規事業でサークルやチームなどの活動がしづらい」

 

”不便”はどうやっても免れない

 都会(=東京)と比較しての、地方の問題点を、例に漏れず新潟も抱えているといえる。人口流出に歯止めがかからない状況下では、趣味の繋がりを作って活動する、というのは至難の業だ。

 また冬の積雪に関しては、毎年その都市機能を麻痺させられる*6、といっても過言ではない。そのような状況下で、リモートワークという制度もないから毎日出勤し、余暇を全て雪かきに潰す、みたいな生活になる。路面も玄関*7も危険だらけ。心身ともに、は人によるかもしれないが、少なくとも身体は疲弊するだろう。

 必須条件とすら言える車の所有も、財布へのダメージは大きい。維持費と家賃で少ないお給料が消える、という状況を、どう捉えるかは人それぞれだ。賃金に関してはだいぶマシになってきたみたいなのであえて触れなかった*8けど、いずれにせよ当該ツイートのリプ欄にあった「東京と同程度な生活ができますよ」という支離滅裂としか言えない指摘に関しては、断固否定させていただく。

「何でもある」も「何もない」も違うと思う

 ……というか、最初に書くべきだったけど、どの町でも「何でもある」なんて思ったらいけないと思う。もちろん「何もない」も同じで、あるものはまああるのだから、それが良いか悪いかをその人自身で判断するべきなのだ。いくら「何でもある」といったって過多や過密じゃあよくない。ただ、無さ過ぎるという問題点を地方は抱えていて、例に漏れず新潟も「無い」ものが圧倒的に多いのは間違いない。

 

 あくまで以上のことは個人の見解に過ぎないけれど、いち県民かつ出身者の意見としては、訪問や転入・移住に興味を持っている人には是非参考にしてほしい。

 ただツイートした通り、決してデメリットばかりではなく、他の地域にはない魅力も新潟は持っている。次回はそんな「新潟を訪れる良さ」「新潟に住む良さ」も自分なりに書いてみることにする。

 

後編はこちら

tomo16change-up.hatenablog.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:他はオイル交換、法定点検、あと税金である。3つ目何???

*2:前述の雪の件もあるから、スタッドレスタイヤの装備及び付け替えの手間も要るじゃないか!

*3:バンドに関して言えば、営業時間の長いスタジオも必要だ。

*4:人数以外には道具も必要だから、品揃えを求めるならやはり東京まで買いに行くのがベターだといえる。

*5:ただのスペック不足とかの可能性もあるので、それならまあ仕方ないが……。

*6:雪かきのせいで本来の業務ができない、予約のキャンセルや休業を喰らう等売り上げが下がる、なども一例である。

*7:路面ではアイスバーンや凍結、及び道幅の狭さに視界不良。落雪や転落・転倒による事故も後を絶たない。

*8:求人数も一時に比べて増えてきたようだ。ただし業界の限定は否定できないのと、正規雇用の枠はそんなに多くないということはつけ足しておく。