むしょくとうめいのらくがき

鉄道と酒と野球ではしゃぐ4歳魚と26歳児の気ままな放浪記とか落書き 

降り続ける雨と濡れる服の下で体温は上がり続け、また湿る肌と温くて少し甘い空気が心地が悪い

 その景色はいささか甘すぎて、かえって心地が悪かった。

 

 一年前の夏、結婚式で自分は新郎(役)だった、という夢を見たことを書いた。夢というのは総じて変なものばかりで、且つそれが現実になってしまっては少なくとも慌てるとか、困惑するようなものである。その日の朝も僕の背中は汗で濡れていた。残暑というにはきつ過ぎる気温のせいか、それとも凍り付いたような感覚のせいだったのかはわからない。

 

 今年の夏も汗は止まらない。何故か鼻水もである。これが暑いからなのか、それとも別な要因なのかは分からない。バイトの合間に一息ついてみたら、濡れた服が冷えて随分と悪い心地であった。それが「マイナス何度」とかいう単位のコンテナや倉庫の内側であっても、肌は暑いと感じてその温度を下げようとする。やっぱり随分と、都合の悪い身体を持ったものだ。

 それでも夜はわりと眠れる。決して「良い睡眠」ではないのかもしれないが、8月に入ってからは身体の疲労と翌日の予定のおかげで、生活リズム自体はだいぶマシになった。その日も思考は程なくして回路を絶った。

 

 気が付くと、雨音が激しく僕の耳を打っていた。確かにここ最近は天気が不安定だ。今日だって、良く晴れていながらも立派な入道雲が黒い従者を侍らせていて、僕は天気予報を信じなかった。鞄に忍ばせていた折り畳み傘は無用ではなかった、と思いつつも、雨を凌ぐには心もとない気がする。

 昼間の情景と、正面玄関の先で雨に覆われる視界を比べては、僕は溜息をついた。

(……もう少し居るか)

 再び上履きを履いて引き返す。収まる気配のない雨音の轟音は、背を向けたって左右からも頭上からも響いてきた。心なしか肌が濡れて、半袖なのを後悔した。少し寒い。

 教室へは戻らなかった。特別ナントカ棟のナントカ講義室へ行く。いちおう僕の部活の活動場所、ということになっているのだが、つまり空き教室なのだ。僕だって帰ろうとしたのだし、どうせ誰もいまい。扉に手をかけると、ガラリ、と勢いよく音を立てた。なんで鍵開いてるんだろう、とは思わなかった。不用心なことだが、このナントカ棟はみんなそんな感じだ。……だが、驚くべきことがひとつあった。

「……あっ」

 か細い声と大きな瞳がこちらを見上げている。教卓(っぽいもの)の陰に潜むようにして、床に座って本を読んでいるものだから、明るい茶色をした艶のある長い髪が、小柄な身体をすっぽりと覆っている。それが控えめで、大人しくて、照れ屋で、でも芯が強く自分の世界を持っている彼女を、表現しているようであった。

 だから、「どうせ誰もいないのに、隠れることないだろう」なんて引っ張り出すことはしない。訊いた瞬間にこの世界は崩れるし、僕はこの世界を大事にしたかったのだ。

「そこ入っていい?」

「……」

 少し俯きながら頷く彼女。その右と、教卓の脚の僅かな隙間に身体を収め、膝を抱える僕。雨音はなおも強さを増し、窓を叩いている。外にはまだ出られまい。……出なくていい。

「……」

 1度か2度くらい、温度が上がった気がした。隣を見る。目は決して合わない。それが示すのが「拒否」ではない、とわかる。そう信じたいだけかもしれないけど。

 「雨、すごいね」

「……うん」

「もう少しいる?」

「……うん」

 か細い相槌が聞こえるだけの会話。大きな目は長い髪に隠れ、僕から覗くことはできない。……できたかもしれないが、その必要を感じなかった。再び体温が上がる。左半身にもう一つの体温を感じる。

「……明日もくる?」

 左の手が、小さく、しかしとても温かい、右手の甲に触れる。降りやまない雨の下、甘く温かい香りが、僕の五感を包―。

 

 ……というところで目が覚めた。

 僕の背中は過去一番冷たい汗をかいていた。何が「少し温度が上がった」だよ。どうせなら弾dゲフンゲフンあえてこの時期寝るときに冷房を止めない(そうしないと寝苦しい)のだけど、今日はすごく寒い朝の始まりじゃないか。窓の外はそんなに雨も降っていないようだ。鼻をつく香りは特段甘くない、ただの残暑の湿ったよくわからんそれである。

 ともあれ、ちゃんと一人の、ちゃんと寂しい、しかしとっても気楽な休日が始まって、僕は安堵した。いちおう言っておくが、僕は「さみしいは、たのしい」派である。したがってこの点は望み通りなわけだから、決して誤解も変な期待も哀れみもされぬようお願い申し上げたい。

 

 兎にも角にも今度は休日である。飲み物の心配も、スーツの皺や質問の答えも気にする必要はない。20日以上遠ざかっていた「予定の無い休日」、マスコロと満喫するぞ―。

 

「お腹空いた。猿食ってくる」

 Oh.

 

 ついに彼は、どこにも連れて行ってくれない主にしびれを切らし、一匹で旅立っていった。

 ……正確にはこうだ。母がドライブするのにマスコロを拉致する、と僕の部屋にやってきたところで、上記の変な夢は終わる。約一時間半後、久しぶりに青き外の世界で輝く相棒の画像が、母から送られてくる。たい焼きを食べ、ダムを見上げたり見下ろしたりし、山の空気を吸い込んで休憩し、提燈を揺らしている相棒。少しばかりその機嫌がよさそうな、主抜きで出かけている相棒。……うむむ。

「猿に会った!」

「山楽しい!!」

 むむむむむ……。

 

 なおも母から送られてくる、明らかに僕よりセンスの良い「ぬい撮り」に悶々としながらも、のんびりしていた午後一時。甲子園の決勝戦まではまだ時間がある。……と、LINEの通知とは違う音と共に、バイブレーションが鳴る。……嫌な予感がする。それこそ夢であってくれ、と願いながら、僕は電話に出た。

「今から仕事来れませんか?」

「(??)えっ、ああ、まあ……予定はないですけど」

「場所が○○(36km先)なんですけど……」

 ????????????

 結局僕は僕で、寝間着を急遽脱ぎ捨て、片道一時間二十分の道のりをドライブすることになった。白ワイシャツを着て、マスコロ抜きで走る49号は全く楽しくなかったが、帰りの夕焼けが綺麗だったから良しとする。しかし本当に「空いたところに入れる」的な扱い方であるが、ホイホイ入っていく僕が一番間抜けだし、ホイホイ入る穴があるんだからありがたいところである*1!!

急遽片道36kmを通勤 帰りの夕焼けが綺麗だった

 

 こんな感じで汗と雨に濡れながら、誰かに塀に書かれた低俗な落書きみたいな、そんな一週間が始まった。いくら現実がこんなたらい回しの根無し草な日々でも、僕に恋の夢は少々甘すぎる。適度な温度というのは難しいのだ。

 

 

 

 

 

*1:実際それは本当にそうだし、そこそこオマケをもらったりしているからやっぱりありがたいのだ。