餅は餅屋、読書は図書館である。
1.新津~新発田/羽越本線
意図せずして手に入れた5連休の最終日、案の定起きたら正午をまわっていた。
ちょうど一年前、無理やりにでも8時に家を出て、訓練に励み、17時半に帰宅する、という生活を送り、取り戻したかに見えた生活リズムであったが、今となっては昔である。上手くいってたんだけどなあ……、且つ、上手くいくと思ったんだけどなあ……、と言いたくなる一方で、実を言えばこの翌日は夕方からの勤務だし適職だ(と、自分では思っている) し、それでやっぱり昼まで起きられなかったけど普通に出勤前にこうしてキーボードを打っている。今はこれでよく、この日々に意味を問うたら負けなのだ。
新津(15:11発)~新発田(15:41着)/831D
話を昨日に戻す。家を出る頃には二時を過ぎていて、散歩したら駅に着いていた。そのまま流れで改札をくぐりホームに降り立ったわけである。


すっかり「鉄分」が不足した身体に、五感から入り込む情報が染み渡る。今日は良く晴れていて、気温も上がっている。ちょうど入線してきたアイボリーホワイトの車体が日光に反射して、また去っていく。奥ではキヤ193が検測中だった。
おやつを買ったので、このまま車両たちを眺めながら休み、一駅分だけ移動する予定でいた。ちょうど3番線にGV-E400がやってきて、これに乗ろう、と思った。

それで阿賀野川を渡り、五頭連峰が見え、気付くと京ヶ瀬、水原と通り過ぎていた。実に優雅な時間である。

気温が上がり、白鳥もそろそろ旅立つ頃だろうか、と思っていたが、まだ留まる者も多いようだ。この平野も常に吹雪いたり積もったりするわけではなく、極寒の隙間に差し込む快晴もあったりして、鳥たちもさぞかし調整は難しかろう、と想像する。
五頭の山脈、遥かな平野……と、母校の歌詞を思い出しながら、気動車に揺られること30分。間もなく新発田に到着するらしい。だが、この列車は新発田が終点ではなかった*1と気付き、慌てるほどの荷物もないのに下車支度をする。
新発田駅
新発田は3方向2路線が交差する主要駅で、車止めのある0番線が新潟方面を向いている。白新線の終点だが、多くは羽越本線にそのまま乗り入れて坂町、村上を目指す。本来羽越線とは新潟方面ではなく、新津・水原方面から伸びる路線であることはご存じの通りかとは思うけれど、二時間に一本という本数や、特急列車は多方面に分岐することから、
「本線……」
と思うのである。つまりどういうことかはわからないが、旅客・貨物、電車・気動車ともによく通るので、新津同様、鉄分補給には実に良い駅なのだ。

この0番線、という表記もまた良い。他のホームが単なる通過点に過ぎないのに対し、線路が途切れているのがこのホームだけで、駅自体は「終着」ではないのにこのホームだけが異質性を放っているのだ。東三条駅でもお目にかかれるが、この概念はやはり「なんか好き」である。
駅を出て左手に進んでみる。西日と、色々なものが混じって濃くなった空気が正面からやってくる。冬の間は「つめたい」100%......みたいな澄んだ空気が漂っていた一方、この3~4月というのは「あたたかい」「つめたい」「土のにおい」「木の枝のにおい」そして「変な粉」と色々含んでいるのだ。あちらが透明なら、春の空気は濁っている。すれ違う人もきっと、時には矛盾するものも含めいくつもの感情を持ち歩いているのだろう。
新発田(17:04発)~新津(17:32着)/2132M
帰りの電車までは時間がある。……ありすぎる、というほどでもないが、いったん外に出てぶらつくか、本でも読んでいたら過ぎるくらいの時間だろう。
図書館に入る。駅の向かいにある複合施設内には、図書館を核に音楽練習スタジオや、預かり保育用のスペースなどが入っている。ここの3階はわりと落ち着くので、「本当になんとなく」新発田にやってきた時には重宝している。
文庫を2冊適当に読んで、わりと面白かった。海の見える無人駅の本と、プロ野球を引退して飲食店を経営している人の本だった。借りて持ち帰ればよいのでは、と思わなくもないが、そこはやはり餅は餅屋だし、読書は図書館なのである。今日の場合、家から出る理由とか、休日にこれをしました的な内容が欲しかっただけなのだけれど、それは十分果たしたといえよう。
1時間と十分ほどぼーっとして、帰る。たぶん春も夕暮れなのだ、と思うような趣ある光景が、帰りの羽越線の車窓に広がった。


2.おまけ(インスタも見てね)