富士山をバックに投球してきた。
1.富士山、新幹線、河川敷、これからもきっと交わることはない -2024.5.18
チーム練習である。
かの特(に)急(がない)列車の名前にもなり、太平洋へと注ぐ富士川の河川敷。すぐ横(?)を東海道新幹線の橋梁が通り、間髪入れずにこだまだかひかりだかのぞみだかが通過していく。ドクターイエローは来なかった。
上下合わせると、5分おきくらいで鉄橋を渡る轟音が響いてきているような気がする。これが少年野球時代なら、ボールの行方よりスタンドから見える列車の行方を追いかけてはコーチに怒鳴られるところだが、流石に投球中は自分の投げるボールの当てもなさすぎる行方のほうが一大事なので、気にならない。
それより、ただのキャッチボール中に暴投して茂みに消えた、練習球の行方を追いかける。……ない。中学野球なら顧問に1個×何周かで全員が外周をやらされるところだ。冗談抜きにボールは試合球が1個700~800円とか(だったような気が、練習球ならもう少し安かった気が)するので、大事に扱うべきである。すみませんでした。
マウンドはなく、スタンドやダグアウト、バックネットらしきものもない。ただ広いグラウンドがあるに過ぎないのだが、練習にはそれでじゅうぶんであった。且つ、静岡・富士に広がった快晴と、そびえ立つ霊峰というロケーション。日差しはあるものの、気温はそこまで高すぎず、低すぎず、野球日和というには相応しい気候。
それらを背に受けて、ボールからボールになるスライダーと、1回手前でバウンドしてから更にスプリットするスプリット、右打者の胸元と自身のメンタルを強気に抉るストレートを投げ分ける、16番という投手。まるで「富士山と僕は全然関係ない」*1とでも言うかのようである。
呆れ顔の捕手。苦笑いの監督。そして、やはりベンチからギロリと睨む、大きな目玉。
「すみませんでした同志マスコロ」
こういう時は今のうちに謝っておくに限る。
「グロかったから途中から新幹線見てた」
それはよかった。
いや何もよくねえ。
ちなみにこの日の道中、圏央道の狭山PAをスルーしたあたりで猛烈な眠気と目の痛みと空腹と便意に襲われながら渋滞にはまり、インターを降りて1時間程度迷子になった挙句、会場を間違えてまた迷子となり、20分以上遅刻して練習に参加。Googleマップさんは交差点に進入してから「今の左方向です」みたいに言ってくるのを是非改善してもらいたいところだが、アクシデントはありつつも事故にも未遂にもならなくてよかったな、と、(事実上)初の静岡遠征*2を振り返るのだった。
……遠かった。やはり富士山と僕は全然関係ないのである。
海幹ユーザーの皆様よかったら探してみてね。ちなみにチームとしても個人としても、今後使うかどうかは不明(要相談)である。
2.大迷路を右往左往 -2024.5.19
というわけで練習後は海老名に宿泊した。
まず富士から海老名までで事故らなくてよかったなと思う。感覚的に近いのだが、その感覚を疑うべきであるし、走るのは土日の東名で、それも練習終わりである。いつぞやのように*3とんぼ返りする真似をしなかっただけ、まだ賢明だと言えよう。ホテルに帰れば、寝れる。
というわけで家系を給油して、寝た。文字通りの撃沈である。東横インは神なので推すことにするとして、
折角なので大都会を満喫しようじゃないか。
海老名~あきる野・拝島/圏央道
確かそう言って、八王子あたりに車を置いて乗り鉄に興じるつもりだった。
ところがチェックアウトギリギリに海老名を出発した我々はいきなり迷子になり、右往左往の挙句30~40分ほどかかってようやく海老名を脱出、圏央道を西?北?に進む。まあ八王子か立川のちょい外れあたりなら、僕のクソ雑魚運転技術でも駐車場くらいは探し当てられるだろう、などと余裕をぶっこいて、
「さて八王子ICで降りるか」
僕は絶句した。うそだろぉ~?である。何お前までびっくりしてんねん、である。だが高速道路の鉄則は【間違えたら次のICへ】なので、次のIC=八王子西で降りることにs
「ETC専用wwwwwwww」
僕は絶句した。うそだろぉ~??である。何お前までびっくりしてんねん、である。もう幾度となくこの貴重な絶句の機会をぶっ潰してきた近年だが、このケースは「方面を間違えたため仕方なく次のICで降りようとしたが、そのICがETC専用のため非搭載車のマイカーは降りられなかったため絶句」である。大学時代の友人に頂戴したマイカーの愛?称は「あのお肩」。あ~っと、降りられない!シラユキ、やはり降りられないッ!注意はしていたんだけど……出たわね、今日。あと何回(この絶句の機会)残ってんのよ!!!
仕方ないので次の次、あきる野ICで降りる。ここは一般車対応。そのうちETCに統一なんぞされたら一般を名乗れないわけであるから、今のうちである。ここからは下道を走り、近くの秋川か東秋留、あとは拝島らへんから電車に乗……。
「秋川駅近くのコインパーキング満車wwwwww」
「また迷子wwwwwwwwww」
「拝島駅近くも満車wwwwwwwwwww」
……ということで、12時ちょっとすぎくらいにようやく駐車場を探し当て、拝島駅から電車に乗ることが出来た。乗り鉄をしたいのに前置きで2時間もドライブすることになったのは大誤算である。前置きが長いのはいつものことだが、今回は限りなく要らない。いつもの「いるけどいらない」ではなく、今日は「いらないけどいる」のである。
拝島~新宿/西武新宿線
気を取り直して、
飛行機の爆音が飛び交いまくる拝島駅から旅を始めよう。あとで知ったことだが、この近くには米軍基地があり、今日はそこでお祭りをやっていたらしい。駐車場の満車もそれの影響が少なからずありそうだ。
行きはJRではなく、
西武で行く。
用事があるので新宿を行先とするが、同じ行先でも複数の手段が考えられるのが流石首都圏。これで復路はJRで回ってくればよいのである。……何やらマスコロが言いたげである。
「山賊め💢」
そういえばそうであった。拝島駅はどうだったか忘れたが、西武新宿駅には「○○選手を応援しています」という幟が掲げられていた。特に西武球団に対しての対抗心は強いらしいが、それはそれとして電車は乗る。やきうはやきう、鉄は鉄である。
車窓はあんまり覚えていないが、確か13時半くらいだったかに、
新宿に着いた。
ここから見物や撮影をするもよし、近郊を乗り回して新駅稼ぎをするもよし。だが新宿に来て、寄ってみたい店があった。人混みを縫って改札を抜け、僕は京王百貨店を探して歩いた。
探して歩いた。
……歩いた。
……………………。
「また迷子wwwwwwwwwwwwwwwwww」
僕へ。この2日間で何度迷子になれば気が済むの?僕より。
というわけで無事、新宿大迷路にひっかかった僕は、16時手前くらいにようやく買い物を終えて、新宿駅へと戻った。あれを大迷路と称しているから、つまり幾度となく引っかかっているのである。
あの大迷路を脱出した今なら何でもできる気がする。しかし今日は何もできない。何とも情けない二律背反である。ちなみにどこへ行きたかったのかというと、京王百貨店にあるタイガースショップと、アルペン東京である。どちらも学生時代に行っておきたかったなあと後悔した。
新宿~立川~拝島/特急&青梅線
時間は16時をまわった。
明日も幸い休みであるし、そもそも普段の休みなら「今から散歩行くか」くらいの時間だが、まあ無理をせず帰路に就く。しかし折角なので、乗りたい電車がある。
信仰と称しておきながら、乗車するのは実に2021年11月以来のことであるから、3年半も間が空いている。おお、信徒として情けない。
ノリで大月まで乗ってしまいたいところだが、立川で降りる。実に25分、あまりにも短い。おまけになんか混んでいて、窓側はおろか通路側すら埋まるような感じだった。日曜だからなのだろうか。確かに僕が帰省や外出で乗車したときはほぼ平日だったし、また卒業後にあんなことがあったおかげで空いていた、というのもあるだろう。
ともあれ、本気を出せばこんなもの、という様相の車内では、
折角買ったお弁当は食べられまい。飲酒や食事に興じていた乗客が全くいないわけではなかったが、なんとなく引け目を感じたのでやめておいた。
立川で降りた我々。まあ次は酒が飲めるタイミングで長距離を移動しようじゃないか、ということで唯一神には別れを告げて、スタート地点であった拝島駅に戻る。今度は愚直に青梅線で行くわけだが、
「満員wwwwwwwww」
通勤通学ラッシュである。今日は日曜日だが、関係ないのか、むしろ「だからこそ」なのか。そもそも前提としてここは東京、大都会にして「過密」の象徴である。何なら降りた先の拝島駅ですら人で溢れかえっていて、唯一しばらく列車の来ない1番線ホームだけが暇そうにしている。
ということで、二時間くらい列車が来ないことになっていたホームに降りて、ようやく昼?ご飯にする。何と海老名のホテルで朝食を食べて以来(=8時前後だった)、実に9時間近くぶりの食事である。何だろう、買い物とか用事あると食事のタイミングを逃すのやめてもらっていいですか?すみませんでした。
かくして、ほんの束の間の鉄分補給、ならびに大都会探検(?)は終わった。束の間という割に、時刻はもう18時。ここから首都圏はおろか関東平野からも脱出し、三国峠の向こうの越後平野に帰らなくてはいけないというのが、色々気が重い。相棒に噛みつかれそうなくだり、やはり今のうちに謝罪し
「すみませんでした同志マスコ……お?」
「………zzz」
半分以上寝ている。それはそうである。くたびれるし、なんなら退屈ですらあったかもしれない。大人しく海老名からスタートでもよかったのでは?と後悔しつつ、かといってさっさと撤退したのでは味気ないし、買い物もできたのでよかった。とにかく、帰りたくないでござる!!!
……などと言っていたら。
「本当に帰れなくなっちまったぞこの野郎」
大変申し訳ございませんでした。
特にトラブルというわけではないのだが、如何せん「拝島駅周辺を18時少し過ぎに出発し、その後に渋滞にはまり、高速に乗ったら真っ暗闇になっていた」のである。先の米軍基地イベントが影響してか、歩道は人で溢れかえり、車も駐車場を求めてなのか大渋滞。結局何時間かかったか忘れてしまったが、青梅ICに上がったころには日は落ちていた。自宅までのナビをさせてみたら、到着予定時刻は1:00となっている。が、ぶっ通しで走れるわけもなく、
「眠い」
高坂SAで力尽きたため、車内で夜を明かすことにした。次もどうせ休みだし、無理はダメである。
仮眠から覚めて、未明の高速を飛ばし、関越トンネルを抜ける頃には明るくなり始めていた。三条燕ICを降りて、よく慣れた一般道を進む。高層ビルの並ぶ大都会とは真逆の、里山の背景と、どこまでも広がる平野に、
「誰かに朝が降る」
ちょうど流れたアジカンの曲が激エモだった。おそらく峠の向こうにいるチームメイトにも、朝が降っている。高層ビル群にも、富士山にも、同じように降っている。
しかし申し訳ないが、今日は何もできない。
終始転がって流されてばかりいた僕は帰宅後、同じように降ってきた朝日を遮ってベッドに潜りこみ、5月20日を犠牲にするのだった。
3.おまけ
約三週間も前の話になってしまったのか……(サボっててすみませんでした)