十六番、雑食混沌の戯れ

16番という投手が戦うか放浪するか稚魚と戯れるか妄言を吐くだけ

壁を「破」れ、叶えたい「夢」の先へ

今週のお題「2024こんな年だった・2025こんな年にしたい」

 

0.序

 

 気絶と虚無と右往左往を繰り返して、気付けば残り22時間*1となっていた。

 そんな年でした、と片付けて、この2024年を締めくくってもよいのかもしれないが、それにしては随分と色々……。

 

 31日夕方「なんかめっちゃ頭痛いなあ」

 31日夜「39.4度!!!!!」

 1日朝「ゴヴォゴボォウhxヲレsヴフェエェッッゥッ!?!?!?!?!?!?!?」(激しめの咳&逆流&何も出ない)

 検査キット「インフル陽性!!」

 うわなにをするくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」

 

 というわけでぶっ倒れて年を明かしてしまったので、すっかり出遅れてしまったし、すっかり筆が止まってしまっていた。しかし、このまま2024年という、色々あったようでなかったようで、やっぱり色々あった、中身の濃い一年を閉じてよいものか……なんだか口惜しいので、今更ながらに振り返ってみる。

 昨年は行わなかったが、「今年*2の漢字」を選定するついで、この色々あったようでやっぱり色々あった、2024年を振り返ろうと思う。

 

 

 

1.破

 

 瀬波で美味い酒・美味い物に舌鼓を打ち、湯にも癒されて、わりと穏やかな日差しを浴びた元日の越後平野を帰宅して、のうのうと昼寝をしていた。なんでも泊まった宿のラウンジには酒がいつでも飲めるドリンクバーみたいになっていて、実に幸せな夢だった。

瀬波(汐美荘)で食べたもの かなりうまかった

 それが、起きてみたら正月のめでたいムードは一瞬にして破壊、北陸を中心に衝撃が走った。すっかり寝惚け眼で降りてきて、コーヒーでも飲もうか、と湯を沸かした、そんなタイミングだった。キャスターの叫びにも近い避難の呼びかけには、悪い夢であってくれ、夢なら覚めてくれ―と思った。

 思えば今年も、台風や水害、痛ましい事故が、TVやネットをたびたび覆い尽くしたような気がする。同じ月、ちょうど出かけようとしたら目に入って来た、新幹線の架線事故による停電トラブル。空港での事故もあったし、夏場には水害が震災の傷癒えぬ被災地を直撃。

 ニュース番組はまあ、ほぼ暗い話題だったような気がする。それゆえに、自身の精神面から日常を破壊されないためには、極力距離を置くしかない。後述するが、飛び交う情報(憶測を含むもの)を目にしたとて、僕にはどうすることもできない。それでも、目の前に景色は広がるのだから、それらを享受すること、たったそれだけである。

 ちなみに自分の話で言うと、初詣の帰りにタイヤがパンクする(←破れる、といえなくもない)なんてことも起きた。靴下やジャージも劣化して穴が開いたなあ。

 

 破れたものは、まだある。あえて破らなくてはいけないものも、そこにはできた。

 

 

2.夢

 

新潟にやきうの時間ができました(オイシックス新潟アルビレックスBC

 この一年は実に「夢」広がる、膨らむ、そんな時間でもあった。

 

tomo16change-up.hatenablog.jp

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 新潟アルビレックスBC球団社長・池田拓史は、「NPBというステージで戦うことは、かねてからの夢だった」と語った。創設以来、BCL=独立リーグで戦い続けてきたアルビBCにとっては、選手にとっても目標とする舞台。そのNPBの選手たちを相手に、これからは戦える―。

 これはNPB他球団ファンの立場であった自分にも、夢のような話だった。一方で、文字通りの「夢物語」だと思った。無謀じゃないかな、と僕も思った。でも実現するらしい。めっちゃ、ええやん。最高やん―そんな感じである。

 

 何より新潟で、地元で、NPBの試合が行われる。二軍限定だとはいうが、当然ながら同イースタン・リーグ讀賣や横浜DeNA、あとはマスコロの贔屓する千葉ロッテが来る。ワンチャン、TVで見る選手いねえかな。秋広とか、安田とか。……なんて思ってたら、来た。

 僕の贔屓・阪神も、交流戦でやってきた。この「新潟対阪神」、僕が小6の時に書いていた野球漫画とか、あとは空想で、しょっちゅう対戦させたなあ。十数年越しの夢は、あろうことか4番に、佐藤輝明が座るという形で実現した。

サトテルがいる!

 とっても複雑だが、いざサトテルを初めて生で見て思ったのは「すげえ」だった。もう少し耐性(?)があったなら「テル、こんなとこで何してんねん」と観戦を拒否したかもしれなかったが、こちとらプロ野球とか選手を生で見る機会がそもそも、ない。そこにテルがやってきたら、まあびっくりするし、まあすげえってなるし、まあ応援団いなくても「振り抜け!輝け!打て!」って叫ぶわな。そういうことやんか、はっきり言うて。

 ちなみに新潟には高山俊がいた。薮田、田中俊太、三上……なんかちらほら聞いた事のある名前がいるが、いずれも気のせいではなかった。とっても複雑だが、全員凄くて間違いなかった。

 あのナゴドのレフトスタンドに「ツーアウト!」を返してくれた高山、神宮で右中間の飛球に追いついていた高山。でも観に行くとあんまり打たないなあ、なんて思ってたら、去年三条で行われた西武戦で2ランホームランをかっ飛ばした。

 かつては「見せろ熱き猛虎魂」なんて言われていたのに、(明るめだけどよりにもよって)オレンジのユニが何とも似合っていて、複雑だった。でも嬉しかったし、すげえなあ、とも思った。紫の漢字タオルは縁起でもないから仕舞え、と母に言われたが、どうしてもタテジマを重ねてしまうのは、許していただきたい。掲げたら、手を振ってくれたような。気のせいかな。

 

 夢のある時間だった。それゆえ?に、沢山熱くなった。

 

 

3.熱

 

 野球場にあったのは、決して夢と希望だけではない。

 そんなことは自分でもよくわかっている。何なら夢とは時に悪夢であることもある。夢みたいな光景は、嬉しいことに現実だった。一方、悪夢みたいな光景も、悲しい現実でしかなかったのだ。

 だけど1%の可能性でも、やっぱり夢が見たい。

 そう考えると、ファンも選手も、ここだけは同じものを野球場に求めている気がする。ドラフトにかかりたい、一軍で活躍したい、一軍一線級の選手に勝ちたい、タイトルを取りたい、優勝したい。推しのプレーを観たい、贔屓球団の試合を観に行きたい、贔屓の勝利が観たい、贔屓の優勝が観たい。

 だから、……というのは少々足りないかもしれないが、だから熱くなる。熱くなってしまう。夢を見れるチャンスなんぞ、そうそうない。一瞬しかない。一瞬のチャンスを、掴みたい。だから、言ってしまえば「たかが野球」に、こんなに熱くなっている。

 

 野球場には夢がある。

 こと、僕の贔屓球団では、もうそれを「夢」としてはいけない気がする。なんなら「アレ」と濁すことも禁止だ。

 あの9月20日ハマスタの三塁ウィングに持っていったのは、

「勝つ」

 この思いである。球団史上、まだ達成されていない「連覇」。それこそ悪夢のような展開に、何度も破れかけ、消えそうになりながら、何とか望みをつないできた。必ず叶う、必ず勝つ。そして、歴史を目撃する―信じていた。

 そして、

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夢、破れる

 夢は破れた。

 野球場に残る花火の熱、都会に充満する残暑の熱気が、今でも思い起こされる。

 

 阪神は連覇の夢が破れ、オイシックスからは1人がNPB入りを果たすも、逆を言えば夢が叶ったのは1人のみだった。

 夢を描いた一年。夢膨らんだ一年。そして、阪神で言えば最終的には「敗北」という結果だけを背負い、その夢は破れた一年でもあった。いずれも、夢の先には分厚過ぎる壁が立ちはだかった。阪神にとっては、巨人と横浜。オイシックスにとっては、NPB。いずれも実現には、これを突破しなければならないのだ。

 

 

4.倒

 

 例年以上に野球に熱くなり、夢中になり、ホーム開幕戦でもらった応援バットは破壊したシーズンだったが、その分オフシーズンの”落差”を激しく感じたような気もする。

 野球をはじめ「趣味」といえるものはあるが、ちょっとした空き時間を有効に使ったり、ちょっとした疲労やストレスをなかなか解消できない。休日は例年以上に寝すぎてしまうし、早番が終われば気絶してしまう。

 3月はコロナで潰れ、年末はインフルで倒れた。症状に差はあれど、心身両面での健康……いや、あえて職場風に表現するなら「健幸」というべきか?そんな課題の残る一年でもあったように思う。

 

 振り返ると、やっぱりの中にいた。休日の長い夢はだいたい仕事だったし、帰宅途中で立ち寄ったスーパーの駐車場でも夢を見る。先述の通り野球のを見せてもらい、悪のような展開も目にした。ほんで、なんだかんだ中だった。

 何だかんだいい一年だったろう、と無理矢理まとめて、この振り返りは終わろうと思う。すっかり脳味噌が腐りきってしまった。2025年、もう少しキーボードを叩く習慣を取り戻さねばならない。

 それはそうと*3は欲しい。  

 

 

5.月別の振り返り

 

  • 1月;元日の衝撃、新幹線架線柱事故による混乱などがあった。そんな中で何が出来るのかと言われたら、いつものように目の前の景色を享受することしか方法はないんだ、みたいなことを書いた。あとはせいぜい釣銭を募金するとか、そのくらいだろう。白鳥や雪景色を見に行って、ホットコーヒーとおやつを味わいながら、車を走らせたり来た電車に乗った。当然、ラーメンも食べたし、酒も呑む。そんなものでよく、そんなものがよい。                                  
  • 2月;下旬に初詣と称して上杉神社へ行った。「一勝祈願」と称して軍神のご加護にあやかろうとしたが、この直後にパンクしたし、その一か月後には後述の通り倒れた。まあ、やる方では一勝こそできなかったが、一敗もしなかったし、一点も取られていないのだ。いいのかこれで。あとおそらく最後だと思ってE3系に別れを告げてきた。マスコロは抗議しているが、乗る機会はおそらく、ない。そして米沢、ドライブするには丁度良い距離で楽しいが、こんなことがあったので初詣先としては一考しようと思う。
  • 3月;熱で倒れたと思ったら、流行りのピークをとうに過ぎたはずの疫病だった。謙信公、確かに範囲外だったのは認めるが、にしてももう少しご加護をいただけると幸いだったところである。ちなみに何が辛かったって、暇だった。ずっと秋葉検定するというのも何よりメンタルに堪えるので、やっぱり病気はしないのが一番だろう。そして幸い所定の期間内に回復したため、「夢」の開幕に立ち会うことは叶った。
  • 4月;適当に散歩して、桜や春っぽい写真を撮った。外でビールを呑みたいなあ、と思った。ちなみに野球場では呑んだ。球場ビールリベンジ成功だし、いい試合は見れた。初めてみどり森にも参戦。なお、肝心の「やる」方の調整はまったくうまくいかず、経験値リセットのように暴投を連発。
  • 5月;チーム練習で初の静岡へ。富士山、あちらから見るとあんな感じなんだな(どんなだよ)。ちなみに流石に遠すぎたので次回以降は一考したいと思った。そして翌日のうちに帰れないとは誰も知らず……。月末にはついに阪神が新潟上陸。サトテルが凄えのは勿論だが、ホームランの井上広大も凄かったなあ。
  • 6月;ウォーキングラリー参加。なかなか善戦したが結果は5位とかだった気がする。1位が強すぎる。あと三条パールへ行く前の日にSuicaを紛失して、翌日は試合に余裕を持って会場入り……しようとして忘れ物し、自宅と三条を往復。御忘れ物・落とし物には十分ご注意ください。他は磐越西線に乗って「緑と青」を摂取したし、一軍の公式戦でしか得られない、破壊音みたいな応援歌や歓声を浴びた。
  • 7月;月末に「二日連続ナイターを観に行く」という実績を解除。エコスタのナイター、且つ僕が早番ならできる芸当。こう考えると早番にもメリットがある。起きるのが辛いけど……。
  • 8月;激アツなみどり森のシーソーゲーム、魚沼の降雨コールド……くらい。本当に野球以外何もしていないことにいよいよ心配になるが、1回だけツーデーパスで旅に出たのがこの月だったかな。キハ110の加速と、E653を定期的に摂取しなくては。
  • 9月;この月だけでオイシ6試合+阪神1試合と、もっとも激アツだった気がする。何だかんだ久しぶりの首都圏及びそちらを走る電車や、新幹線は楽しかった。ちなみに帰りの列車待ちをしていたら時間を勘違いし、逆にホームにいながら乗り遅れるという失態をやらかして、2敗しかしていないのに3敗した気分になった。ホーム最終戦の悠久山も楽しかったし、同97年世代の永澤蓮士選手を当アカウントは応援し続ける所存である。
  • 10月;何も予定が無くなったので、シフト希望表に「特にありません」と書いたら案の定月を跨いで奈々7連勤をぶち込まれ無事〇ぬ。ちゃんと希望休は出しましょう。
  • 11月;この4年で激太りしたせいか、健康診断で生涯初のC判定を喰らう。前述の奈々連勤、及びそれに付随するストレスのせいだろう。酒は最近週7~8にセーブしているというのに厳しい。下旬には山梨長野。もはや都留は「久しぶりに見た景色」以外の何物でもなくなっていたが、それならまた来れるのを楽しみにしようと思った。秋はエモいが、同時に寂しさもある。それに、寒い。長野はひたすらによかった。ついでにチームの年内ラスト練に参加。見事2シーズンぶりとなる与四死球・失点・被安打・暴投をゼロでシーズンを終了。なお出場もゼロの模様。
  • 12月;寒くて虚無かった。忘年会はまあまあ楽しかったし、家族の知り合いがやっているレストラン?はうまかった。あとはまとめ記事に時間を使いすぎたのと、年末のインフルも含めてほぼ倒れてた。皆さま体調管理にはお気をつけて。

 

 

6.おまけ

 

鉄道

乗る・撮る・見る 鉄道も変わらず好きです

 

風景

なんだかんだ旅もしました 色んな綺麗な風景にも出会いました

 

食べた・飲んだもの

うまいもの・うまい酒も味わいました


 マスコロ「とりあえず早起きして、体調には気を付けて?????」

 はい。

 

 遅くなってしまいましたが、フォロワー・読者・チームメイト・関係者・ファンの方々におかれましては、2024年も大変お世話になり、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

 2025年も何卒ご声援&お世話の程、宜しくお願い申し上げます。

 

 トモヒロ(白幸 虎仁朗)

 マスコロ