2024年。此処・越路の大地を照らす、激アツで楽しいやきうの時間が幕を開けた。

0.序
昨2023年の秋、TLを脳死スクロールしていて飛び込んできたニュースに、僕は絶句していた。
≪独立リーグ・新潟アルビレックスBCが、2024年度からNPBファーム拡大に合わせ、イースタン・リーグに参入が内定……≫
くぁwせdrftgyふじこlp;@:「!!??!?!?!?
何これー!?である。ナニコレ珍百景である。貴重な絶句の機会を濫用しないでほしいとつくづく思う昨今だが、この場合、
「”地元・新潟”の球団が、ファーム限定でこそあるが”NPBに参加”することが決まったため絶句」
であるから、とてつもなく嬉しい。
歓喜との距離
アレなのになんかあれ
当時の僕は、形容しがたい虚無感と疲労感に苛まれ、過ぎる時間に流されていた。ちょうど贔屓球団がアレをやり、その後あれのアレをしたことで、確かにそういう感じではあった。加えて僕自身も「やる」方の試合が決まり、何とかして気持ちを高める日々であった。だが、

「今年も全然観に行けなかったなあ……」
というのが、自称「ツイ廃やきう民」兼「劇場併殺マニア」兼「虎党」の偽らざる本心だった。
胴上げに入れない
ちょうどそのころだったと思うが、「パレード最中の人混みを抜けて歩いていた」という、秋山拓巳*1のインタビュー記事を見たことがある。チームは確かに悲願を達成し、素晴らしいシーズンを過ごしたかもしれない。しかし、その歓喜の輪に自分は入れなかった。2017年には12勝を挙げ2位浮上に貢献すると、2020年~21年にも2年連続で二桁勝利を達成。安定した制球力且つ長いイニングを投げられるスタミナと、逆方向にも打てる長打力(←困惑)を武器とする、投打の大黒柱。だが同年は不振に苦しみ、一軍ではわずか2試合、その後は二軍でシーズンを終えた秋山にとっては、辛いだけの光景だったかもしれない。
この年、あの胴上げの輪にいなかった者はまだいる。山本泰寛、北條史也、渡邉雄大……過渡期のチームを引っ張り、支えた選手たちだ。そして、
高山俊である。
高山、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、言うまでもなく2016年。「超変革」のもと、いきなり開幕戦で大野雄大から左安打を放ったのを皮切りに、136安打を放ち新人王に輝いたあのシーズンだ。
僕がよく神宮や東京ドームへ行っていた頃、北條らと共に主力であった、安打製造機。ナゴヤドームでは守備中に「高山~ツーアウト~!」と言うと、スタンドを振り向いてポーズを返してくれたこともあった。そして2023年、同年唯一の現地観戦であった三条での試合で、初回に2ランホームランをかっ飛ばした。まだ高山俊は健在、まだやれる、まだ熱き猛虎魂がある!―その願いも虚しく、シーズンではファーム暮らしが続き、待っていたのは非情通告だった。
現実と凡庸と「無」の象徴~ここは「故郷」なのか?~
話を戻そう。高山や秋山と同列にするな、と言われると思う。何しろ背負うもの、覚悟……その重さは、いちファンに過ぎない僕なんかと比べられてはたまったものじゃないだろう。
ここには「やきう」がない
しかし、虎キチでありながら、もう何年も球場で六甲颪を叫ぶことができない日々が続き、それどころか中継すらなかなか見ることもできず、せいぜい深夜にyoutubeでハイライトを追うくらいしかできなかった僕にとって、確かに「アレ」は歓喜でこそあれ、なんか寂しいなあ、辛いなあ、と思っていた。
贔屓球団を観れないことが、ということだけではない。いつぞやに此処・新潟を「何でもあるだなんて大きな嘘」とか言ってこきおろしたことがあった。事実、良くも悪くもどこまでも田園が広がり、分厚い雲により光は遮られ、時には風や雪が障壁となる。友人やチームメイトと離れたこともあり、「やる」方の野球とも距離が出来てしまった。たまにドライブや鉄道などで楽しみは作っていたものの、やはり山梨で生活し東京に遊びに行っていた学生時代と比べると、新潟を「故郷」と誇ることができずにいた。
ここでも「やきう」が見れる?
そんな矢先での上記ニュース。しかも、
「高山俊獲得します」
「田中俊太、三上朋也、小林慶祐入団します」
「陽岱鋼も入団します」
「開幕投手は薮田和樹です」
くぁwせdrftgyふじこlp;@:「!!!????(2回目)
理解が何一つ追いつかないまま、2024年が開幕した―。
1.新潟の夢・新章、プレイボール
というわけで、

「やきうの時間だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ツイ廃病み上がり昨季打率.000の飯食いに来ただけの結局どこのファンなのか分からないやきう民うるさいよ」
はい。
……なんか多くない?
これ新潟なら快晴だよね(寒いし微妙に降ってる)
やきうをやるやきう民あるなよ;「批判できない」
相棒の苦言はしかし間違ってはいない。「アレ」で喜べなかったのは、高山や北條の件とか、現地に行けなかったことだけが理由ではない。どう考えても高山より自分の心配をしろよと言いたくなる成績に問題があるのだ。僕は思う。やきう民がやきうを「やる」ことはおすすめはしない。なぜなら成績不振の選手やチームを批判するためにあらゆる数字を持ち出しても、
「ところでおれ今打率いくつだっけ」
「おれのチームは今年何勝何敗だっけ」
という話になってしまうからである。勿論上回れば自信になる(?)のだろうが、2023シーズンで誇れる成績があるとしたら「大竹耕太郎と並んだ敗戦数*2」くらいだ。これは立派だと思う。あの大竹と同じ数しか負けていないんです!うむ、立派なもんである。では明日、球団事務所へスーツで来てくれ。はいすみませんでした。
新潟ならこれが快晴
これ以上に問題があるのが、

「寒い」
「薄着なのが悪い」
はい。
しかし寒かった。僕が病み上がり*3なのと確かに薄着だったのだが、この日の新潟は5~6度くらいしかなく、加えて微妙に雨が降っていた。開始は13時、試合が始まれば晴れる、という予報ではある。

これでも、
「新潟なら快晴だな」
だな。(ガクガクブルブル)(雪混じってる気がする雨に当たりながら)
かくして2024年3月23日土曜日、13時。
記念すべき、オイシックス新潟アルビレックスBC・NPBイースタン公式戦の第一球が、先発・薮田和樹から投じられた。
かぎりなくゼロ(寒い)(点が入らない)
いい球行ってるよ!(←当たり前)(てかこんなもんじゃない)
薮田は初回を無難に抑えた。なんか普通に抑えて普通に戻ってきたが、そもそも薮田も広島で最高勝率を取るなど、ちょうど三連覇の時の主戦級として常に阪神の邪魔をしてきた活躍してきた投手である。なんで新潟にいるのか、というところから理解できない。
そんな実績十分の投手なので、
「いい球いってるよー!!」
「惜しいよーー!!」
「落ち着いて打たせていこー!!」
じゃないんだよ!!
少年野球キッズが元気である。この数イニング後には飽きてどっか行くのがオチだろうな、と思いながら、しかし薮田に対しては、
(本調子ではないんやろうな……)
と思って観ていた。そりゃあおれも、走ってるぞー!!とか言いたい。だが中立で評するのであれば「行っていない」が正しいと思われる。
どちらかというと「亜細亜ボール」と称されるツーシームみたいなボールと、150越えの直球が武器だったイメージだが、この日の球速は140km前後と、ゆるいボールでカウントを稼いでいる印象はあった。まあエコスタのスピードガンは結構辛い(偏見)し、そんなもんか、とか思っていたが……。
2回、安打と四球でピンチを招くと、2本のタイムリーで2点を先制される。むしろ「2点でまとめた」と言うべきか。確かにピンチは作り失点もしたが、流れを渡したか、といえばそうでもないだろう。
……。
「どっちの応援してるんだ?」
あれ?
本当に二軍?(向こうのメンツがおかしい)(ガチファンがいる)
対する楽天の先発は瀧中瞭太。……なんかわりとローテで名前を聞く投手な気がするが、気のせいだろうか。 というより、野手も新井のお気にルーキー・中島大輔はともかく、安田悠馬がいるとは思わなかった。
で、その瀧中から新潟打線はチャンスを作る。が、あと一本が出ない、煮え切らない展開になる。安打数だけが増えていくが、スコアボードには「0」が並ぶ。これはしかし「拙攻」とは呼ばない。野球は走者を貯めて遊ぶゲームなので、これが普通である。
しかし一人くらいいるかな、と思っていた応援ニキがいない。楽天ファンはわりといて、何なら選手全員じゃないかレベルの缶バッジを付けたカバンを持ち歩くファンもいる。新潟在住なのか、はたまた東北から飛んできたのか……。どうせならラッキーセブンくらいは歌ってほしかったところだが*4、「推し」のいるファンのエネルギーは凄まじい。この後、そんな凄まじいファンに何人も出会うことになる。
それはそうと試合は0対2のまま、6回裏が終わる。
「寒い!!!」
やっぱりおらこんな村いやだー!!
新潟の冬という「現実」に絶望させられていたところだったが……。
吹くのか、オレンジの嵐?
「知念大成レフト前タイムリー!!」
「田中俊太犠牲フライで同点!!」
「高山俊もヒット!!!」
「救援陣がパーフェクトリレー!!!」
くぁwせdrftgyふじこlp;@;:「!?!?!?!?!?(3回目)

「「アツい!!!!」」(テノヒラクルー)
おかしいな、色々と本当に二軍戦なのか?
ふと我に返ると、「さあ行きましょう!!」の掛け声にあわせ、応援バットを叩く僕がいた。……いや、僕以上に叩いている母親がいた。
チケット問題
あの日極寒のエコスタには、2047人が詰めかけた。空席が目立つのは悪天候なのと、そもそものハードオフエコスタジアムがもつキャパシティが巨大なことだろう。正直なところ、チケット情報が2月中旬くらいまで公表されなかったことと、全席自由席・外野席は原則開放しないということになっていたため、
「入れないんじゃないか?」
「実は関係企業に全部売ったんじゃないか?」
などと気を揉んだものだ。Youtubeでは課題として「集客が見込めるのか」が指摘されていたようだが、むしろ僕としてはチケット争奪戦を心配していたくらいだ。エコスタはともかく、外野スタンドの無いみどり森なんかはどうするんだろう?ってなもんである。
幸い「チケットが完売で入れません」「席がありません」なんてことは起きず、かと言って、平日デーゲームなども多い中、球団としても健闘したと言える数字になったのではないだろうか。
ちなみにチケット代は大人当日1500円、前売りで1300円だった。
曜日と時間帯、あとは後援会の入会有無などで料金が変動する仕組みだが、にしても。
「安くね???」
確かに一軍・二軍の違いこそあれ、外野なら2000円ちょい、内野の奥の方なら3000円~4000円くらいがデフォルトだと思う。しかもこの後、どこぞの球場で外野ビジターが6000円(転売ではなく公式で)とかになっているという話が流れてきて、余計に内野の一層だろうが二層だろうがその価格で野球観戦ができるなんぞ、なんて素晴らしいんだと思った。ちなみに、
「会費で11000円*5納めてくれたらホーム戦招待券8枚+先行入場権+当日券を割引+選手名鑑+なんかグッズあげるで」
「よっしゃ入るわ」
不純な動機で後援会に入会したのも、今思うと引き金だったように思う。
2.戦えるぞ、新潟
やきうが、みたい!!
真冬の激アツなホーム開幕戦から2週間後の、4月6日。

日中は春を越えて夏なんじゃないかと錯覚するような日差しの下、我々は再びエコスタにやってきた。地元とはいえエコスタなんぞ、年に2回行くか行かないか程度である。ホーム開幕戦の前だと、昨2023年9月に行われた、関甲新学生野球の秋リーグ戦・新潟大対作新学院大の一戦*6まで遡る。
この時の我々はまだ、
「やきうが、みたい!!」
の一心であった。
縁もゆかりもない、新大と作新大の試合を観に行ったのも、決して「両校の1番バッター良かったし新大の完投した投手が安定感あったなグヘヘとか言って、将来の虎戦士をリサーチしておいて、指名後に”こいつはわしが育てた”と自慢したい」からではない。
ひとえに我々は、やきうに飢えている。
ちなみに対戦相手のヤクルト・伊藤琉偉に対しては、古参のアルビBCサポならば「おらが育てた」とドヤれるのではないだろうか。羨ましい。というより後で思うのだが、そんなに飢えているならアルビBCを観に行っておくべきだったのである。
呑み込まれるぞ、オレンジの嵐
なおそう言っておきながら、

「何の躊躇いもなくホーム側来たね」
そらそうよ(テノヒラクルー)
NPB相手にも、やれる
今考えると、対戦カードのめぐり合わせとか、試合内容が一個でも違っていたら、兼任(?)とはいえ”サポーター”にはならなかったのだろうか。この後選手名タオルを買おうとか、応援歌を覚えようとか、そういう気持ちになっただろうか。
前提として、この興行を続けて欲しいと考えると球団に貢ぐべきなのは確かだ。球団側も「また来たい」と思えるような球場づくりに取り組んでいるし、グルメも美味しい。そうでなくても、僕の場合は上述の通り野球が見たいだけなので、球場には来るだろう。だが、

「7回に4点を挙げて逆転!」
「8回に田口を打って逆転勝ち!!」
「ビハインドをひっくり返す!!」
くぁwせdrftgyふじこlp;@;:「!?!?!?!? (4回目)

「ファンになっちまったじゃねーかこの野郎」
事実、あのヤクルト戦の7回裏、19歳の若武者・片野優羽がエコスタの左翼席へ放り込んでみせた逆転3ランHRがきっかけで、アルビBCはおろか「野球にすら興味が無かった」けどサポーターになった、という人もいた。片野は直後の8回にも、ヤクルトの守護神・田口麗斗から、小西慶治に続いてタイムリーを放ち、逆転勝利に貢献。一軍はおろか、日本代表にも選ばれるクラスの投手相手に見せた攻撃に、
「すげえ」
としか言えなかった。「さあ行きましょう」とは言うが、まるで2009年夏の日本文理*7が乗り移ったのかとすら錯覚する終盤の粘りに、ただ感動することしかできなかった。
オイシックスは翌4月7日も勝利し、見事ホームでヤクルトを3タテした。
NPB相手にも戦える―。
そういう自信めいたものは、きっと選手以上に僕が感じていた。
そして同時に、僕の感動は違うところにもあった。
「おれもあっち行きたい……」
一塁スタンドの、僕から見てホーム寄りのブロック。リーダーの音頭に続き、盛り上がりを見せる、オレンジの集団である。
3.おれもあっちで「戦いたい」
以前からプロ野球という文化に触れるたび、思っていることがあった。
「ファンが現地に行くことを”参戦”って言うの、なんで?」
観戦ではなく「参戦」?
プレーする選手には、現在の生活や、将来の進路、その他色々なものを背負っている。それらが一瞬にして失われる恐怖・重圧と、グラウンド上の選手は隣り合わせだ。フェンスの向こう側は戦場、というのは、この前の猫屋敷編でも使った表現である。
チームと「ファン」の在り方
問題はファンだ。何故自分たちがプレーするわけでもなし、采配にも人事にも関与するわけではないのに、そこまで必死になるのか?大半の場合、自分の生活や将来などと、選手の成績や試合結果が影響するかといえば、そうではないだろう。なのに、特に外野スタンドは応援団はともかく、ただの見物に来ただけのファンですら「参戦」と言いがちである。そうして試合になれば闘志を剝き出しにし、声援を送り、勝てば喜び、負ければ落胆する。
現地に行かずとも、TVの前で、あるいは速報アプリの前で闘志を燃やすファンはいると思う。彼らも同様である。
何故、そこまで必死になるのか。何故、スタンドで、TVの前で、アプリで、見ているだけのファンが、言葉を選ばずに表すなら「勝手に贔屓しているだけ」の球団の勝利のために、そこまでの執念を発揮できるのか?
この試合で終わるかも……
……何故か、と言えば、そこまでは分からなかった。
小学生の頃から「何となく」で阪神を応援し始めて、何か2013年頃から後に引けなくなったのだ、という話は以前したと思う。ただ、確かに「勝ってほしい」とは思っていたし、采配やプレーに文句を付けたくなったこともないわけではないが、「戦う」という意識までは持てなかった。大学生になり、何試合か現地観戦をしても、やはり応援して六甲颪を叫ぶことは喜びではあれど、あくまでも「見に来ている阪神が勝てるといいな」に過ぎず「勝つのだ」とまでは思わなかった。それは贔屓球団が優勝から遠ざかって、何となく”負け癖”がついてしまったような気がしたことも、無関係とは言えない。
今でも、何故必死になるのか?「参戦」とは何か?と問われれば、よく分かっていない。
だが、2019年9月15日、東京ドームで巨人戦を迎えたとき、「気持ちがわかるなあ」と思った。試合前日、行きつけの中華料理屋でマスターに「明日行くの?しっかりやって来いよ」と言われ、俺が?って思いながら一夜明けた。どちらかというと、今季はどのみち見に行けるのも最後だし、退団報道があった選手の姿を見届けよう、くらいのスタンスだった。ドームには何度か来たが、やはり「戦う」「勝つ」と覚悟してきたことは、ない。……なのに、鳥谷敬のタイムリーヒットを見たときか?その鳥谷の打席を見ずに「鳥谷に夢中になる子どもを撮影している親」を見たときか?決死の継投の末、ゲレーロに逆転2ランを浴び、1点ビハインドで9回を迎えたときか。僕の脳内は、
「逆転してくれ、勝ってくれ」
ではなく、
「勝つぞ」
だった。
結局その試合は6対5のまま負けて、めちゃくちゃ悔しかった。読売に負けた、というだけでそうはならない。なのに「贔屓のチームが負けて残念だったなあ、でも楽しかったな」という感想は、ない。
ただ、負けた。僕が負けたわけでも無いのに、「負けた」のである。
チームはミラクルによりCSに進出こそしたが、予定通り、僕の2019年の現地観戦は、その「負けた」瞬間に終わった。そしてこの試合以降、阪神タイガースに限れば2023年7月の三条まで、さらに一軍に限れば2024年9月20日の横浜スタジアムまで、僕は野球場に行けなかった。
理由なんてない、でも後戻りはできない
結局のところ、何でこんな「自分と関係のない”たかが野球如き”」に熱くなるのか、理由は分からない。だが、どこかの試合を引き金にして、僕ももう「後戻りはできない」ところに来てしまったのかもしれない。
上述の東京ドーム以前のゲームだって、阪神が得点すれば周りのファンとハイタッチして、喜びを共有していた。同年の5月15日に菅野から10点を挙げてKOした試合で、出入り口に向かう通路ですれ違いざまに虎党とタッチを交わしたのも、思い出になっている。勝ったら嬉しい。それだけではなくて、負けると死ぬほど悔しい。悔しくて、もう悔しい思いは出来ればしたくない、歓喜を味わいたい―その思いで、必死で叫び続ける。これを「戦い」と呼んでいいのかはともかく、僕にとってはそうなのだ。「勝ってほしい・負けて欲しくない」はもう「勝ちたい・負けたくない」になった。
もう僕の生活は阪神の勝敗に、選手の成績に、監督の采配に、フロントの人事に、阪神タイガースというチームに振り回されている。これはやめようと思ってもやめられないし、「もう少し気楽に構えよう」と言っても無理である。どこのファンになっても多分同じだろう。どこかをトリガーにして、もう後戻りはできなくなる。実に辛く、苦しく、報われない―それがプロ野球観戦という趣味なのだと、虎党youtuber「えとーちゃんねる。」は語る*8。
ナイスプレーと叫ぶ僕、そんなに変ですか?
話が大幅に逸れてしまった。
上述の価値観が果たして、一塁スタンドを埋めたアルビBCサポにもあてはまるのか、はたまた全国の虎党にあてはまるのか……は、分からない。且つ、大前提として、先述のオイシックス対ヤクルトの試合で言うなら、どちらの贔屓でもない僕はビールでも呑んで、気楽に見ていればよかったはずである。
だが、そうはならなかった。
7裏・8裏の6点を呼んだのはスタンドだった
片野の3ランで逆転したから?小西のタイムリーで再び逆転したから?高山俊に頑張ってほしいから?……それも確かにある。ホーム開幕戦に続き、ビハインドを追いついたりひっくり返し、NPBの実力者相手に挑む姿は、確かにカッコよく、感動する。
その同点劇や逆転劇を後押ししていたのは、他でもない、スタンドのサポーターだったように思う。チャンスになり、逆転を信じ、声や手拍子が次第に大きくなり、その波紋が広がっていく。覚えやすい曲だったから、というのはあるかもしれない。だが、諦めない選手の執念と、サポーターが届ける声が、一つの大きな力になっていた。そんな気がした。
先述のヤクルト戦で流れを変えたのは、7回にチャンステーマが鳴り始めてからだ。選手はどうか知らない。だが少し離れたところにいた僕は、呑み込まれた。選手の執念に呑み込まれ、ファンの声援に呑み込まれた。いいな、おれもそっちへ、と思った。周りの人と、この喜びを、説明のできない思いを共有したい―!!
「がたほーーーーーー!!!!」
「ああいうの(拍手や声援を送る野球ファン)浮いてるよね」
前には、ヒットやファインプレーに一切声も挙げず、僕の声に「えっ何言ってんだこの人」と顔を覗き込んでくる少年と、望遠鏡とスマホを交互に覗くその家族。
右隣には、寝てるおじさん。
左隣には、やっぱり一切無反応、微動だにしない老夫婦。
後ろには、寝てるおじいさん。
決して野次を飛ばしたわけでもないし、奇行に走ったつもりもなかった。ただ野球ファンとして、打球の行方に興奮し、接戦を演じた選手に拍手を送っていた。そんな僕は、あの4月のエコスタでは完全に「異常者」だった。
4月のヤクルト戦で守護神を打ったゲーム。またマスコロに付いてみどり森の三塁側で見た、27日のロッテ戦。あちらはロッテ・田中晴也と新潟の前川哲が熾烈な投手戦を演じ、0対2でロッテが勝利した。
どちらもほぼ互角と言える好ゲームを観戦した僕らに残ったのは、しかし微妙な「モヤモヤ」であった。
手拍子も誰の声もなく、スピーカーからの音源が「勝利の喜びは大波となって」と歌うだけの、7回表。
聞き間違いや、思い違いであってほしい。でもそうでなければ、好プレーを讃えて拍手をすると、
「(ああいうの)浮いてるよね」
と言う、スーツらしき服装*9の2人組―。

「おれも次は、あっちで戦うわ」
「よろしい、ならば捕食だ」
兄弟喧嘩を宣言し、”特定のカード”以外は、オイシックス新潟アルビレックスBCと共に戦うことを望んだ瞬間であった。
4.おまけ(インスタ)
5.次回予告
4月で見たような好ゲームとは裏腹に、ビジターでは全くと言っていいほど勝てず、イースタン最下位を爆走していくことになるオイシックス新潟。一方、地元で繰り広げられる好ゲームを見たい一心で、我々兄弟は5月も球場へ足を運ぶ。
最下位、しかし「低迷」と呼ぶにはあまりに相応しくない、NPBの猛者にぶつかる姿。彼らを熱心に追いかけ、後押しするサポーター。
応援の持つチカラ、野球の持つ魅力。そういう”見えない何か”を信じて―。
~後編へつづく~
※前編を4月だけで使ってしまいましたが、後編は5~9月を一記事にまとめます……多分まとまりませんでしたが終わらせました。
*1:翌2024年に引退。選手プロフィール - 21 - 秋山拓巳|阪神タイガース 公式サイト (hanshintigers.jp)
*2:2敗。ちなみに大竹は21登板で12勝2敗、防御率2.26。もう、これ以上は言うまい。
*3:これはほんと。その前の週に流行遅れのアレになった。
*4:球団歌はスピーカーから流れる。
*5:レギュラー会員。
*6:確か2対3で作新大が勝利。ちなみに入場は無料だった。
*7:県勢初の甲子園決勝進出。また決勝戦の最終回二死、6点ビハインドからの猛追は、新潟県民の記憶に新しい。
*8:【開幕する前に見て!!】辛く苦しい「野球ファン」という趣味をまた始める覚悟はあるか?【プロ野球ファン】【阪神ファン】 (youtube.com)
*9:今思うとスカウトだったのかもしれない。当該試合はどちらかというとロッテファンよりも「田中晴也の身内・友人知人・元関係者」などが多かったのかもしれず、たまたま”応援ニキ”がいなかっただけだとは思うが……。