十六番、雑食混沌の戯れ

16番という投手が戦うか放浪するか稚魚と戯れるか妄言を吐くだけ

寒すぎる(直球)

 今日も寒すぎて何もできません。

寒すぎる

 

 文章にした時の何と貧弱なことかと呆れる。国文学科卒としても、人間としても間抜けの極み。お粗末と言わざるを得ないですね、ってなもんである。

 こういう寒さは思考を巡らすのに良いと思っていたが、寒すぎて凍結してしまったようである。冬は寒すぎると震え、かと思えば夏は暑すぎるとうだる。中々、適温にならないので、どうしたもんかなあと思う。部屋の暖房が暑すぎるのと空気がこもるので、切ってみた。一気に冷えてきた。

 年が明けたと思ったら、もう1月も終わろうとしている。特に何かをしたわけでもないと焦る。だが、これはメンタルを病むのに手っ取り早い方法の一つだから、やめる。休日にすることなんて、起きたらカフェインと食料を摂取して、その後呼吸をし、飲酒して寝る、くらいなものではないのだろうか。するべきことは他にあるのかもしれないが、できたらこれまでも苦労はしていない。自分がどうしたら「何かをした」といえるのか不明なのでは、考えるだけ無駄といえる。

 

 例年、初詣の1回しか神社にお参りをしないが、今年は珍しく2回行った。

新潟市中央区白山神社

 昔、実家の初詣先は決まって元日の白山だった。日にちをずらす発想が何故ないのか、と謎に思い始めたのが、今考えると遅かった。高1の時クラスメイトに誘われて、1月2日に参拝することにしたとき、その空き具合にはびっくりしたものだ。「おれはいつもずらして来てるぜ」とドヤ顔をされたような気がするけど、違ったかな。

地元にある「堀出神社」 新津駅の近く

 もう1つ不思議だったのは、地元の堀出神社ではなかったことだ。駅からわざわざ電車とバスを乗り継いで向かっていたけど、その最寄り駅のすぐそばにも神社がある。そういえばちゃんと参拝ってしたことないんじゃないか?と思った。金津(石油の里とかあるところ)の社には一昨年のウォークラリーとか高3の春休みに訪れたことがあったけど、ここはないかもしれない。

 地元・新津の守護神さまと、新潟・越後の守護神さまにご挨拶して、帰った。例の如く特にお願い事はない。確か白山には歯の神様が祀られていて、お食い初めに境内にある石を持ち出すといい、みたいなことを見た気がするのだが……まあ多分「つまり相当、やばい」。

 

 他はまあ、それなりに楽しく過ごした。

ラムサール条約登録湿地・佐潟新潟市西区

 あとは湖(?)を見に車を走らせたり、

「ラーチャン家バスセンター店」で背脂チャーハン

 他はチャーハンを食べたり、

E129系 鉄初め(正確には2回目) -新潟駅

E653系「しらゆき」新津までだけど乗車

 電車に乗ったりした。653にも1区間だけ乗ったが、ちょうど上沼垂色に当たったので、大吉を引いた気分である。

僕「おまえもダイエtt」マスコロ「何か言った???」

 この期に及んで地元の体育館のジムに行ったりもした。まあ寝ている時間、何もなっていない時間の方が多かったかもしれないが、楽しく過ごした。それでいいか。いや、それがいいのだ。そう思うことにする。

 だが、何度でも思う。

寒い

 寒すぎる。

 文字にした時の何と貧弱なことか。仮にも国文学を4年学び、また「語彙・読解力検定準2級」を保持しているとは到底思えないその語彙力に、我ながら呆れを通り越して草が生えてくる。いや、既に生い茂っている。

 

 そういや、職場で草刈りをしている姿を見て「まさおくん!!」と呼んできた関係者(スタッフでも客でもないが、関係性の説明が面倒なのでそう呼称する)がいたりしたっけな。前の職場では将棋の名人と「顔が似ている」との理由で「藤井」と呼ばれたりしたが、今回は顔もゆかりもない。大物俳優の名前で呼ばれ、振り返るのは申し訳ないが、おかげで面白おかしく過ごさせてもらったと思う。

 そんな現職からも、一部でお知らせしているとおり余命宣告をされた。その後色々あって組織内で延命はしたのだが、今の現場からは離れることになっている。弁明しておくと何もやらかしていないし、むしろ何もやらなかったので……という感じが強い。

 残り数カ月の日々ではあるが、刈れそうな草もないし、できそうなこともない。新しい現場への不安、および将来への不安はとりあえず先送りにして、せいぜいGoogleマップ上で空想旅行に耽るくらいである。

 

 寒すぎる。やはり寒すぎて何もできない。だが、夏になったら「暑すぎて何もできない」と言うのだろうな。雪解けは待ち遠しいと言いたいが、一方では正直、春には早すぎる。

夜明け直後のエコスタ

 雪が解けるということは、またあの地獄のような戦場が幕を開けるということだ。心の準備を整えるのには、もう少し時間が欲しいとも思う、今日この頃である。