むしょくとうめいのらくがき

某オタクサークル元妄言兼支離滅裂な思考・発言担当による支離滅裂な思考・発言

芸術的転がし打ち

 にゃんぱすー。

 

 ツラゲってなんなのん?

 

 

【定期】すまんな。

 さっそくですが実家が不要物地獄なので、色々なものをとにかく捨てなくてはいけません。明らかにもう二度と使わないのに「もったいない」とか「記念品だ」とか言って捨てなかったせいです。

 

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ほんの一部

 小中学校の教材とか小道具とか、入らなくなった体操服などでしょうか。まあ少なくとも「僕が持っていても今後使うビジョンは見えない」ものなので、保存しておいても仕方ありません。

 こと教材類に関しては、父に「役立つから捨てるな」と言われていた、というのが大きな理由です。まあ保存して見返して、復習するというのは勉強においては大事なことですからね。ところが、現に本人が役立てようともしないのだから意味がありません。落書きで埋め尽くされた教材の類を見ると、生まれ変わったらちゃんと使ってくれる優秀な持ち主のところへ行くんだよ、と願わずにはいられませんでしたが。

 ちなみに大学時代の住まいを引き払う際、卒論や講義で使用した教材・資料を一掃したと言うと「未練はないのか」と不思議がられました。あるわけないでしょう。卒論の原本すら受け取らず、教授の講評すら拒否したくらいには全く執着がありません。

 ただ、そうはいっても自分のものを廃棄・譲渡・売却などで手放すのは勇気と気力を伴うものです。「どこかで必要になったらどうしよう……」とか思うものですが、僕の経験上そう思って結局捨てたものは「まあ全く役立たないわけではないんだけど別になくても困るものではない」ものだったと記憶しているので別に捨ててもいいんじゃないでしょうか。まああとは、

・捨て方がわからない(可燃・不燃などの判別に困る、どこに出せばいいかわからない……等)

・捨てるのに金がかかる場合がある

・そんな時間や体力・気力はない

という具合で、いらないのは決まっているんだけども実行できないケースもあるでしょうね。あとはオタクをやってるから特に思うのかもしれませんが「捨てるの何か申し訳ないな」となって捨てられない、というケースも多いです。

 

 生きるために必要なものってそう多くないな……と気づいたのはつい最近のことです。ただ同時に「不要だからと言って捨てる・捨てられるとは限らない」ということもわかりました。

 

 

 何の話をしてるんだ僕は。

 本文に入ります。

 

 

 

なぜか併殺は嫌われる

 

 パワプロに「芸術的流し打ち」っていう金特がありますよね。確かに現実でも、追い込まれてから外角低めの変化球をうまくすくってフェアゾーンぎりぎりに落とす、みたいなヒットを見ると「美しい……」と感じます。

 野球の流し打ちに限らず、どのスポーツでも洗練されたプレーには「綺麗・美しい」と思わされます。大抵、そういうプレーはチーム・個人の得点とか勝利とか利益に直結するものです。

 ところが僕の場合、野球に限ってはそうでないプレー、すなわち失敗・失点、最悪の場合は敗北に結びつきかねないものに関しても魅力を感じてしまうのです。例えば「野球の華」といえば本塁打の事ですが、「本塁打を打った選手」だけでなく「本塁打を打たれた投手」に魅せられてしまうことがある。例えば、失点につながるエラーをしてしまう選手。例えば、明らかなボール球の外角スライダーに手を出して三振する外国人選手……

 全部お前さんの贔屓球団のことじゃねえか(笑)って言ったやつ出てこい。その通りでした。

 

 そして攻撃チームのムードを一気に盛り下げるプレーの代表格が「併殺打」というわけです。

 

・辛いけど打ってほしい

 

 そして「併殺打」といえばもう言うまでもないけれど「ツラゲ」という単語が浮上します。そして言うまでもなく「25番という選手」が想起されるわけです。

 勘違いしないでほしいのですが、一時僕は本当に「ツラゲ」に憧れていました。なので贔屓球団のチャンスがつぶれても、勝利を逃しても、ツラゲで喜んでいたわけです。本当に今考えてみると、どうしてこんな愛称ができてしまったのか、どうして「ツラゲ」でみんな笑顔になれたのか、謎です。ただそれ以前に、可能ならもっと縦縞姿を見たかったなとか、もう少し現役でできたんではないかとか色々思いますが、本当に感動と夢をもらった選手の一人です。

 話を戻します。やたら「ツラゲ」という「特定選手による併殺打の愛称」だけが特別扱いされているけれど、本来併殺打というのはもれなく攻撃側は避けたいプレーです。1死満塁、一打逆転のチャンス!で初球ゲッツー……とかいう時、さぞベンチは落胆し、スタンドからは怒号が飛び交うでしょう。実際僕もグラウンドでプレーしていた時期はありますが、「併殺打を打ちたい」とか思ったことは一度もありません。そして贔屓のプロ球団に対しても「併殺してくれ!」なんて願ったことはありませんでした。

 

 そんな僕の野球観が、ある日ガラリと変わったのです。

 夢をのせて羽ばたいた、一人の野球選手によって。

 

 

・これからもずっと「きみがヒーローだ」

 

 初めて野球場でプロの試合を見たのは2009年7月、僕が小6の時でした。その年に生涯最初で最後のレギュラーだった野球少年は、贔屓球団に呼応するかのようにみるみる打率を落とし守備でもやらかすなど、散々な日々を送っていました。そんな折に得た「地元でプロ野球開催」、しかも贔屓球団が来るというニュース。当時は前年に比べるとやや調子を落としていたものの、平野恵一氏、関本賢太郎氏、葛城育郎氏、桧山進次郎氏、移籍1年目のブラゼル氏等名だたるプレイヤーが現役で活躍されていました。何より、当時40歳を超えても不動の4番だった鉄人・金本知憲氏のプレーを、真後ろのレフトスタンドで見ることができるとあって、少年の心は躍りました。

 

 ちなみに結果は以下の通りです。

npb.jp

 

 少年の理想は「ホームランを打つ金本」を見ることでしたが、まあ「広島の主砲・栗原のホームランを見送る金本」を見てしまうのも巡りあわせというものでしょう。対戦相手の広島も栗原健太氏をはじめ、1失点完投を演じたルイス氏、古巣相手に4安打と気を吐いた赤松真人氏等、やはり名だたるプレイヤーばかりでした。

 

問題のプレー

 2回表。栗原に被弾し1点ビハインドとなった阪神は、先頭バッターの安打で無死1塁とし、彼が打席に立ちます。

 もう皆さん察したと思いますが、鳥谷敬選手です。

 

 彼は当時も不動のショートストップとして、攻守にわたりチームを牽引されていました。この試合でも「7番・遊撃手」で先発。打席に立つ姿もやはりカッコイイ。ここもきっと打ってくれるはず―。

 ところが結果は遊ゴロ、6-4-3のダブルプレーでした。

 普通なら多少のガッカリ感というのはあるものですし、当時のレフトスタンドの溜息は忘れられません。ところが、僕は当時の鳥谷選手が放ったボテボテの遊ゴロを、

 

 めちゃくちゃ綺麗……

 

 と感動していたのです。

 広島の遊撃手・梵英心二塁手東出輝裕両選手の流れるような連携は確かに「すごい」と思いました。またルイス投手の投球術が冴えていた、というのも事実でしょう。だけど当時の野球少年は、それ以上に打者が放った凡ゴロで感動してしまったのです。

 少年野球では、あんなに綺麗なゴロは見たことがない。スピンがかかりすぎたとか、当たりが弱すぎて併殺にならないとか、逆に当たりが強すぎるとか、併殺になったとしてもあまり美しくはなかった。

 だけど鳥谷選手の放った併殺打は、止めたバットに当たるでもなく、芯で捉えたのに正面だったとかでもない。打球に勢いはないけれど、かと言ってボテボテすぎて併殺が間に合わなかったり、難しいコースに飛んだわけでもない。本当に「綺麗」なゴロだったのです。 そしてしっかりとフォロースルーまで行い、しっかりと一塁ベースを駆け抜ける。野球選手として当たり前のことも、鳥谷選手はきちんと行っていました。

 

 ちなみにその時アウトになった1塁走者は新井貴浩さんでした。やっぱり新井が悪いよ新井がいくら新井選手自身はヒットで出塁していようが、彼が関わってしまっている以上これは「ツラゲ」以外の何物でもないということになります。

 

 その後の鳥谷選手の活躍ぶりはもはや語るまでもないでしょう。選手として走攻守すべて超一流。チームリーダーとして若手の手本となる姿も幾度となく取り上げられていますね。阪神退団間際では僕自身起用法について疑問も抱いたことはありましたが、長年虎の顔であり続けたことは疑いようのない事実です。

 上記のように大変失礼な形で記憶に残してしまっていますが、昨(2019)年9月15日、巨人戦での代打同点タイムリーをはじめ、何度もそのプレーに夢と感動をもらった選手です。

 長らくの阪神でのご活躍に心から敬意を表すると共に、千葉ロッテでのご活躍をお祈りしています。

 

・「ツラゲ」に代わる併殺は生まれないのか

 

 野球観戦において「併殺」を”攻撃側に”求めることは、我ながら随分ひねくれているな、と感じます。

 ただ「1度に2つのアウトを奪われればそれでいい」というわけではもちろんありません。僕が求めるのはプロならではの「美しい」「洗練された」併殺打だからです。

⑴芯を外した弱い当たりだが、ある程度スピードもあるゴロ

 例えば痛烈なライナーが野手の正面に飛んで、帰塁できずにダブルプレーとなるケースには魅力を感じません。残念至極、の一言に尽きます。あくまでも「ゴロ併殺」、打撃結果に「ニ併」「三ゴロ併」と書かれるような打球でなくてはいけません。

 ところでフライやライナーのダイレクト捕球→走者飛び出しでの併殺の場合って、打撃記録としても「併殺」として処理されるんですかね?中学時代はそういうものを「走者飛び出し」としてのみ処理し「併殺打」にはカウントしていなかったのでいまいちルールが分かっていません。教えて詳しい人。

 話を戻します。ゴロでも当たりが弱すぎて併殺にならないケースはよくあります。もっともそういう場合は併殺を回避できたことを喜ばなくてはいけないし、難しい打球でも併殺を取られた場合は打者ではなく「相手の守備陣」を褒めなくてはいけません。ある程度スピードのある打球で、且つ比較的野手が処理をしやすいコースに飛ぶことも重要です。

⑵多少攻撃の流れを止めるシチュエーションであること

 ほとんど試合結果の濃厚な局面、例えば5点リードの9回なんかでは、その裏で6点を献上しサヨナラゲームにならない限り負けることはないので意味がないでしょう。あれ、そんなチームがあったような……?

 ただ、9回1死だけど逆転サヨナラのチャンス!という場面でやられても、それはそれで「打ってほしかったな……」という感想が残ります。まあ、そういう緊迫したシチュエーションなら守備側も攻撃側も相応の選手を起用する(はず)なので「この選手でダメなら仕方ないな」「相手が上だったな」と認めざるを得ないケースが多いですが。

 理想は序盤(1~4回位?)のチャンスでやってもらうことです。できれば同点か、1点リードしている局面ならなおよし。

⑶一発を期待できる打者、長距離オンリーの打者ならなおよし

 そういう選手には守備側も徹底して「ゴロを打たせる配球」「ゴロで併殺を取れる守備シフト」をすると思います。対して打者は強振したり器用なバッティングができない場合があるので、必然的に⑴のような打球になりやすいと思うのです。

 まあそうでなくても「ガッカリ感」を楽しめればいいんですけどね。

⑷しっかりとスイングすること(フォロースルーまで)

 止めたバットに当たって弱いゴロになってしまった、というケースでは何も面白くありません。⑴のような打球になるためにもそうですが、中途半端なスイングを見せられてもファンは楽しくありません。

 また、バント失敗の併殺打はもれなく悲壮感が漂うのでやめて欲しいです。

⑸しっかりと一塁ベースを駆け抜けること

 凡打になってしまったからといって、途中で走るのをやめてベンチに帰ってしまう姿は、とても好印象とは言えません。「常に全力疾走」を求めるわけではありませんが、せめて1塁ベースくらいは駆け抜けていただきたいものです。

 プロの華やかさと「手抜き・怠慢」は全くの別物です。逆に、泥臭くとも全力プレーな選手は感動をもらいますし、応援したくなります。

⑹「一流vs一流」の勝負の結果であることが理想

 ⑵でも言及しましたが「このバッターでダメだったなら仕方ない」「相手の投手・守備が上手かったんだ」となれれば美しいですね。また、そういう選手たちの華のあるプレーはもちろん、スター同士がぶつかる緊迫感も楽しめれば最高です。

 そういうものを楽しむためにも「あっさりと・簡単に終わってほしくはない」と思います。初球ゲッツーとか本当にやめてください。笑えるけど。せめてチャンステーマを歌う時間くらいください。

 プロの試合、見ごたえある一流のプレーをできれば見たいものです。

 

 

 

・まとめ

 

 やっぱりツラゲだな……

 

 

 

 

あとがきのようなもの

 

 楽しんでいただけたかな?

 どのスポーツでも「凡打」「失点」「失策」「敗戦」など、結果がすべてと言われます。それは仕方のないことですし、結果=数字が残らないことを糾弾したくなる気持ちもよくわかります。

 ですが、せっかくプロの試合をファンは楽しみながら見ることが出来るのです。何でもないプレー、プレー以外での選手の姿、選手以外にチーム・試合に関わる人たちなど、細部にこだわると知らなかった一面を日々発見できて、観戦はとても楽しくなります。大学時代のサークルで「野球以外でなく、イベント施設としての野球場」という観点で「野球場」についてまとめた記事があるので、以下に紹介させていただきます。

 

tsuru-otaku.hatenablog.jp

 

 とはいえ……

 正直に言うとやはり贔屓の優勝が見たいです。以上。

 

 そういえばこのご時世とあって、会社や仕事関係だけでなくサークルやプライべートでも「オンライン飲み会」等が普及していますね。僕としては今回だけに限らず、これをきっかけに一つの手段として広まり、定着すればいいな~と考えたりもします。同じ場所にいることでの不都合・居心地の悪さというのはどうしても出てきますからね。まあオンラインだろうが対面だろうが、まずやる相手がいないんですけど。

 

 そういえば私事ながら今度の火曜日に誕生日を迎えるので、何かメッセージをくださるととても喜びます。お祝いじゃなく「読みづらい」「意味が分からない」「なにいってだこいつ」等文句でも全然かまいません。関係のない誹謗中傷でなければいつでも歓迎なので、コメントやTwitterへのリプなど下さればありがたいです。

 おかげさまでどうにか精神を保って生きています。次も生きて会えれば幸いに存じます。

 

 読んでいただきありがとうございました。また会える日を楽しみに。