むしょくとうめいのらくがき

電車乗ってお酒飲んではしゃぐ3歳魚と25歳児 水曜日夜に更新 

ちょっとミットからずれても投げたい、投げて欲しい

 僕のような所謂「やきう民」にとっての正月は2月1日である。

 

 

 1月がめでたくない、と言ってしまうのも気が引けるが、2年ぶりn回目の実家で御節を食べる元日というのは何一つめでたくなかった。縁起物だから、と言って毎年のように食べている気はするけれど、食べたからといってめちゃくちゃ良い一年になるわけがなく、ただ単に折角の冬休みを忙しくしているだけのことではないか?……そう思っていたが、1年前にホテルの清掃バイトを言い訳に帰省もせず正月という行事も無視したら、約3か月後にあんなこと(お察しくださいになってしまうのだからやっぱり関係あるのだろうか。関係あってたまるか。

 しかし我が家が本当に「正月にはおせちを食べるものなので、準備は面倒だし好きでもないけれど食べている」のだとしたら、そろそろ思考をアップデートしたほうがいいだろう。普通、平均、平凡、人並み……という言葉が大好きな我が家だが、もうそれ自体が普通でも何でもないとは残念ながら思っていないようだ。

何の話をしているんだ僕は。

 

 話を戻そう。やきう民にとっての正月は、プロ野球が春季キャンプ初日を迎える2月1日である。それから程なくしてオープン戦を迎え、そして公式戦が開幕し、早くも2カード目が終了した。やきうは楽しい。改めて、あけましておめでとうございました皆様。

 そしてプロがやっているのを「みる」方だけではなく、僕自身が「やる」方のやきうも先日めでたく「球春」を迎えた。

 ようやくのチーム合流、そして久しぶりの「故郷」である。思い出されたことも多いが、草野球をするたびにいちいち懐古して、感傷に浸っていてはよくない。しかしこの先何回訪れたって、同じような気持ちになるのだろう。

 人数はあまりいなかったので、実戦らしいことはできなかった。ただまあ草野球の練習では、4人いるだけでもノックやフリー打撃はやりやすくなる。捕手を座らせてのピッチング練習も、久しぶりにやってきた。

 僕自身も今はフォームを大幅に改善し、捕手が必死で追わなくても捕れる程度の制球力は身につけたつもりだ。それでもショートバウンドするカーブやチェンジアップを前に落とし、ゾーンに「ピシッ」といった(当社比)ストレートにミットの重低音で応えてくれるキャッチャーはたのもしい。しかし前まではむしろ逆だったのに、無事にコントロール無視となったカーブにはやっぱり捕手に呆れられた*1。横変は難しい。やっぱりドラムから離れると忘れてしまう。

 

 一見、全然関係ないように思えるだろう。僕にも印象的だったので、わりと強く記憶されている。かつて大学で軽音サークルに入っていたとき、ドラムのシンバルを叩く時に力が入りすぎだとよく指摘されていた。

 いやまあ、褒められた思い出はほとんどないけれど、当時の先輩から教わった一言があった。それが「カーブやスライダーを投げるように」だった。

「お前野球好きだろ?なんか曲がるボールあったよな」

「え?ああはい、スライダーとかカーブとかですかね?」

「それって投げ方にコツあるよな?」

「そうなんですよ。普通に投げると曲がっちゃうので、ストレートはちょっとリリース時に外側に押すみたいな感じで投げるんです。逆に(手のひらを内側に向けながら)抜くようにリリースすると、勝手に曲がります」

「じゃあカーブ!カーブを投げるように叩きなさい」

「えっ、あ、はい!(ストレートじゃないんだ……)」

「よかったね~、野球好きで!」

 

 それでクラッシュシンバルの正しい叩き方ではなく、サークルの活動とは全く関係ない、縦のゆるいカーブを習得してしまったのが僕である。教えてくれた先輩には本当に申し訳ない限りだが、友人とのキャッチボールはおかげでかなり充実した。それまでできなかった「ピッチング」を追求したくて、少しスピードの出るスライダーや、その逆のシュートなども投げた。

 反対に肝心のドラムは全然上達せず、教えの丁度1年半後にサークルを中途退部するという結末を辿った。指導してくださった当の先輩にこの話をすれば絶対呆れられるか怒られるだろう。多少なりとも期待を寄せてくださったのに、本当に申し訳なく思う。

 許してほしい。今でも同級生とのミーティング時に「辞めるわ」と言った時の、申し訳なさ、憤り、嫉妬、寂しさ、諦め……色々なものが雁字搦めになって、それでも少しすっきりしたような気持ちは忘れられない。その時を相も変わらず思い出し、昼間から、あるいは夜な夜な泣いたりしている。

 ごめんなさい。許してほしい。

 

 でも、もっとやりようはあったんじゃないか。

 もっと話してくれたってよかったじゃないか。

 もっと好きにさせてくれたってよかったじゃないか。

 もっと頼ってくれてよかったじゃないか。

 もっと頼らせてくれてよかったじゃないか。

 もっと褒めてくれてよかったじゃないか。

 もっと褒めさせてくれたってよかったじゃないか。

 ああ、でもやっぱり僕がいけなかった。

 ごめんなさい。許してほしい。

 

 

 縁とは本当に不思議なものだ。そのサークルのOBが入っている野球チームに混ぜてもらい、世代の異なる先輩、当時一緒にライブやバンドを作っていた先輩、少しだけ話したことのある後輩……色々な人と楽しく練習や活動をさせてもらう中で、わかったこともあった。

 まず、どうやったって僕は承認欲求が人一倍強いらしい。他人から「○○は△△の中で一番すごい!No.1!」とまで行かなくていいから、「○○のこれが好き」「これ面白いと思う」みたいに、何らかの感想が欲しいんだろう。それは具体的であればあるほどよく、根拠さえあれば「○○のここは~なので良くないと思う」という批判でもいい。実際にこの前の練習だってダメ出しの嵐だったけれど、例えば「肘を上げる意識は持てているけどリリースの瞬間にかくっと下がる癖がある」とか「体重移動のときに左足が一回地面について、力が分散してしまう」とか。でも「ストレートはかなりよくなっている」みたく、現状のプラス・マイナスと根拠、改善点があるのはよい。今まではそれすらしてもらえなかったのだ。単に「ダメ」「下手」「練習しろ」しか言われないか、あとは見向きもされず無きものにされるか、どちらかだった。

 思えば、小・中の野球部時代にあれだけピッチャーをやりたがったのも実は「投手をやれるのは認められた証」「投手は特別扱いされている」みたいに思っていたからだ。特別で、武器や個性を持っていて、お前の○○がすごいとか好きだとか、そういうことを言われたかった。結局はマウンドに上がるどころかレギュラーになることもかなわず、チームでもお荷物または空気扱い。高校に上がってもイジられたり笑われたりするのが嫌でよく反発した。そして大学でもサークル内で「必要とされ」ようとして、満たされずいたのだった。

 

 純粋に技術向上の観点で、現状把握がしやすくプレーしやすい、というのもある。だが、良い「仲間」の構築のうえで、承認し合う過程はすっぽかしてはいけないと思う。

 少なくとも粗を探すだけ探し出しておいて、俺はお前より上なのだ、と攻撃しあうことしかできないなんて、どう考えてもいいコミュニティとはいえない。誰かの話になったとき「あいつって下手だよな」とか、悲しいじゃないか。

 何で「あいつってリズム感はないけど、気持ちの熱さは人一倍だよな」とは言ってくれなかったんだろう。

 そうか、そう言ってほしかったのか。それが自分にも他の誰かにもなくて、苦しくて嫌だったのか。

 自分でも全然気づいてなかった。単にリズム感だの音量や音作りだのを指摘されるのがいやで、ハードルを下げてゆるく楽しくやりたいと、そればかり思ってきた。そうすれば楽しく良いコミュニティになるはずだと、そう安易に考えてきた。

 違ったのか。

 目標に達しないところがあっても、いったんその短所も長所も認めて欲しかったのか。

 

 つくづく愚かである。認められたい!認めさせたい!という欲求がある自分と、それに今頃気づく自分の、いずれも愚かなこと。自己肯定感がみるみる下がっていく。

 先の「リズム感どうのこうの」に関しては、実際にそんなものはなかったのかもしれない。本当に目も当てられないくらいドラムの腕は壊滅的で、音楽知も不足だったのかもしれない。褒める箇所なんてないくらい、守備も走塁もバッティングも全然だめだったのかもしれない。

 何にも認められないくらい、人として出来損ないなのかもしれない。出来損ないのゴミなくせに、認められたいとか存在したいとか思っている、そんなゴミ以下なのかもしれない。僕に対して浴びせられた「お前は下手」、これは多分紛れもない事実だった。

 

 僕のことは如何にせよ、愚かにも「コミュニティがそうあってくれたらよかった」と今気づいたので、これからは少しでもやっていこうと思う。承認欲求にまみれる自分がいやになるけど、まずはそんな自分を甘やかして勝手に肯定するところから始めてみよう。自分を許さずに、どうして他人が許せようか。入部して最初のライブでやって、退部前最後のライブでバンマスでやって、僕は放課後ティータイムから何を学んだのだ*2

 キャッチボールでどう考えても「捕れるわけない」という球を投げてしまうことはあるだろう。仕方なくはないのだが、次は良いボールを投げればいい。それに、ちょっとワンバウンドや高めに浮いたりしても、コースが逸れなければ手は届く。そういう時は大袈裟なくらいに「ナイスボール!」と言っていこう。きっとそのくらいでちょうどいい。

 

 

 こんなことを書いていたら深夜4時だ。こうしてまた次の日は昼頃起きてしまい、嫌々ながら仕事へ向かうのか。しょっちゅうここの主は、自分がいま楽しいのか、悲しいのか、空虚なのか満足なのか、わからなくなっているらしい。だけど、この文章を書く前に菓子パンを食べたし、昨日も「何だかやってられない」となって飲酒にそこそこの暴食をした。今からでもまた缶チューハイを開けて、お菓子を食べながら寝落ちしてしまおうか……そんな葛藤をしつつPCを閉じるとする。

 

 

*1:BUMP OF CHICKEN「キャッチボール」。ノーサインでいきなり曲げられてはそりゃあ「捕れるわけない」ってなるだろう!と突っ込んでしまうのは悲しき性かもしれない。ちなみにやってみると「距離が遠くなって、心が近づいていく」というのはめちゃくちゃわかる。

*2:放課後ティータイム「Don`t say "lazy"」(2009)。最初のライブでは1曲目がこれだった。ラスサビ直前でベースから全体に入るあれがやっぱり難しかったなあ。