図書館で鉄道の本を借りてきたので、相棒と一緒に読むことにした。
題して『トラベルMOOK JR鉄道車両パーフェクト 最新版』*1。
この本を借りた理由は一つ。僕が鉄オタだからである。もはや隠すことはあるまい。
だが「乗り鉄」を自称するにあたり、最近ある問題が浮上した。
「この車両見たことない」
今の僕に車両形式や走行路線・運用形態を問われても、何も答えられないのである。
例えばJR北海道。
非電化区間が多い北海道では、馬力が強く曲線も高速で通過できる振子式の気動車が特急列車に充当されている。キハ281系のスーパー北斗、キハ283系のスーパーおおぞら。また後から登場したキハ261系がスーパー宗谷として、北海道の鉄道輸送を担っている……
と思っていたが。
「何だこの白い789系」
72ページを見て愕然とした。こんな車両知らないが、その顔には実に見覚えがあった。かつて青函連絡線で走っていた、特急スーパー白鳥ではないか?おお、すっかり新幹線開業と同時に北海道専属になり、車体を塗り替えられてしまったか……って、そんなはずはあるまい。その車両にパンタグラフはついていなかった。
この車両は【キハ261系1000番台】とある。何々、
2007(平成19)年10月1日のダイヤ改正で、新たに1000番台がデビュー。(中略)車体形状は789系に似たスタイルとなり、正面の灯具は、従来の横配置から縦配置に変更した。
(中略)なお、1000番台は2015(平成27)年度から、白を基調に紫を配した外観デザインに順次変更しており、正面には黄色が追加された。
つまりこの車両は僕が小学生の頃に既にデビュー、塗装替えを高校の時にしていたことになる。
なんということだろう……そういえば、E657系が常磐線に投入されたのも2012年3月とそこそこ前である。北陸新幹線の金沢延伸や、E653神の新潟転属*2からももう6,7年近くが経過したことになるのか?
ううむ。時の流れ云々、というのは正直あまり好きではない。だが現実は厳しい。あるページを開いて、僕と相棒の手が止まる。
「まさか251が先になくなるなんてな」
「先に、って?」
「E4系の欄、この2018年の時点で引退が分かってるんだ。でも251も185の欄には、そんな書かれ方してない」
確かにそうだ。E4系の欄までページを戻してみる。すると……。
E4系は近年少しずつ廃車車両が発生しており、(中略)2020年度末にはその姿を消す予定だ。
ー前出資料20頁
2018年夏時点で廃車が決まっていたE4系に対し、251系の説明欄には「引退」「廃車」の一文字すらなかったのである。だが、E4系の引退は2021年10月までもつれ込んだ。一方の251系は2020年3月の改正で一気に運用を退き、185系よりも先に姿を消すことになった。
「なあ、まさか先に251がいなくなっちゃうなんてな」
相棒が繰り返し、【スーパービュー踊り子】の文字列を眺めながら言う。
そうだなあ。乗ったよなあ、ケロちゃん。
この、
【ケロ(ちゃん)】
というのは僕の弟である。
薄い色の「ヒメちゃん」と同時期にやってきたから、お前ももう20歳か。
ヒメと違うのは、最初から彼は僕の手元にあったことだ。また大学進学で家を出た際も、最初の三年間は彼だけが付いてきた。
家族間で最近話題になるのが、彼ら姉弟を「どこでお迎えしたか?」ということだ。新潟市内だったのは間違いないが、あれはショッピングモールの一角?それとも水族館のお土産屋?……いや、実は旅先だったかもしれない。
出会いだけではない。二十年ずっと僕の手元にいたケロちゃんだが、分からないことの方が多い。
左投げで速球とカーブが武器の先発完投型?……小学生の頃描いていた、自作野球漫画での設定だな。
反抗期で「うるせえ、とっとと行け!」が口癖?……これは最近の話か。
実はお風呂(手洗い用洗剤によって洗濯されること)が嫌い?……それはそうだった。
少年野球について来て、コーチにすら愛された?……なんか酔っぱらって頭に乗せてたな。
家族旅行に連れて行ったとき……君と行ったのはどこだっけ。
ううむ。覚えていないことの方が多いなあ。それとも、20年傍に置くってこんな感じなのだろうか。
だが卒業旅行と称して伊豆へ連れていき、251系を一緒に見送ったことはある程度覚えている。
荷物棚が開けづらかったのと、売店にそんなに物がなかったこと、でも車窓から見た海や湯気が立つ温泉街、桜のピークが過ぎても美しかった河津の橋梁。
なんとなく、しか思い出せないな。
図鑑で見た車両には、全く知らないものもあれば、なくなったものも載っている。だが家族で「きらきらうえつ」*3に乗った時のことは、正直全然覚えていない。洒落たラウンジカーと帰りの485系「いなほ」くらいしか記憶がないのだ。
小さい頃のことだから仕方ないね、と相棒に話しかける。所々汚れ、ほつれた糸が「20年一緒」の事実だけを記憶している。
……ところで。
「次のページいかないのか?」
そういえばそうだ。ずっと251系のページで止まってしまった。新しい車両を覚えるために借りた図鑑だったはずだ。
「何に乗るんだよ、次は」
「そうだなあ、E257系の踊り子かなあ」
「また伊豆かよ。まあリゾート21とかいいんじゃないか。マスコロも喜ぶだろうよ」
「お前も行くんだよ、ケロちゃん」
「別に行かねえよ」
照れた。反抗期かわいいなあ。
車両の写真と説明文への集中。相棒の眼は、20年前と変わらないそれをしていた。